先輩と出れる試合はこれが最後だったのに、ふがいないや。情けないのと悔しいので胸が押しつぶされそうだった。この前入部したばかりの後輩にスタメンを取られた。ううん、取られたなんて思っている時点でわたしの性格は最低最悪だ。あの子の実力は本物だろう。誰よりも早く朝練習に来て、何本も何本も数え切れないほどシュートを打ち続けていたことをわたしは知っている。部活が終わったあとも残って自主練習をしていたことだって知ってるんだ。わたしの頑張りはあの子の努力の足元にも及ばなかった。それだけの結果だ。
頭では分かっていても、意識とは関係なしに涙は溢れてくる。拭っても拭っても意味はないから垂れ流しにしておくことに決めた。体育座りをしてボロボロと泣く姿はさぞ滑稽じゃなかろうか。面白いはず、なのに、笑えない。

「おい」
「……」
「もう下校時間回るぞ」
「…うっさい」

さっきさようならを告げて帰ったはずの馬鹿が戻ってきた。隣の席。そこそこ仲がいいクラスメイト。「ほっといて」さっきと同じ言葉を投げてはみたが、今度は足音が遠ざかって行く音がしない。早く何処かへ行って欲しい。わたしはしばらく一人でこうしていたい気分なのだから。
ずず、と鼻水を啜る。すると、頭を何か布のようなもので覆われた。汗臭いこれは紛れもなく奴の使用済みのタオルだ。

「あのさあ、いきなりなにすんっ」

意味がわからない。とんだ嫌がらせだ。イライラしながら顔を上げてみて普通に驚いた。吃驚。混乱する頭で唯一考えられたことといえば、近いという事実と、嗅覚が感知した汗の匂いのみ。

「泣くなよ。どうしていーかわかんねえから」

さっきまで考えていたスタメンのことなんて吹き飛んでしまった。それよりも、今。

「だから泣くなって言ってんだろ!?」
「だって!だって、今…」
「キスくらいで何だよ」

キスくらいとは何だ。わたしにとっては初めてだったのに、その扱い。文字通りポカンとしていると、タオルを握る手に力が入れられた。わたしは咄嗟に顔をゴシゴシとやる。今更恥ずかしくなってきたおかげで、田所の顔が見れそうにない。驚くほど距離が近い。かつて経験したことのない状況に、きっとわたしの顔は、涙やら熱やらで可愛くないことになっている。

「まさかとは思うけど田所、わたしのこと好きだったとか…」
「まあ…そういうことになる」
「まじでか」
「マジだよ悪いか」
「わ、悪くない!」

口から飛び出た言葉に一番驚いたのは自分自身だ。「たぶん、」多分わたしは、田所のことが好きなんだと思う。キスされて、マジだと言われたあとだし、正直言って確信は持てないけれど。思えば一年生のとき、わたしがスタメンに選ばれたのを一番喜んでくれたのは田所だった。それから何かと話をするようになって、時には可愛くない愚痴を聞いてもらったり、涙しては慰めてもらったり。いつだったか試合に負けて泣きじゃくるわたしをファミレスに引っ張って、食べきれないほどの主食をテーブルに並べてくれたのはそう遠い思い出ではない。
隣の席。そこそこ仲のいいクラスメイト。で、多分、泣いてるときに一番そばにいて欲しいやつ。そばにいると安心する。これってつまり好きってことなんじゃないか。

「多分って何だよ…」
「部活ばっかで恋愛なんてまともにしたことないから分からないの!文句ある?」
「威張れることか?」
「ぐっ…」

それはそうだけど。というか、田所だってわたしと同じタイプの運動バカじゃなかったっけ。

「さてと、帰るか」
「え、話終わり?」
「送ってやるよ。肉まん奢れ」
「やだよ!田所余裕で五つくらい食べ……、この手は?」
「早くしろ、なまえ」

今まで苗字でさえもまともに呼ぶことなかったのに、そんなのは不意打ちだと思う。身体中の血液が顔に集まってくるような感覚。どうしてくれるんだ、ホント。

「ガハハ!顔真っ赤だぞ。おもしれえの」
「…笑うなばかやろー」

恐る恐る手を取ってみれば、ぐいと力強く引きよせられた。隣に並んでみて改めて気づいたことが二つほど。程よく暖かい安心感と、鼓動が速まる理由。気付けば涙なんてとっくに引っ込んでいて、心は驚くくらいに晴れ晴れしていた。



20140216
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