切れては走る。電車の窓を流れる風景は、自転車の後部座席から見たそれとよく似ている。

「どこ行くの?」
「もうそれ5回目やで」

会話はそこで途切れたものの、再びやってきた沈黙をとりわけ酷だとは思わない。むしろ、心地が良い。行き先も告げられず、どこに向かうとも分からない電車の車内。他の車両はどうとも知らないが、この空間には今わたしたちしかいない。まるで誰かの意識の中に潜り込んだような、ふわふわとした現実味のない感覚がここにはある。

「何かほしいものないの?」

ガタガタと揺れる車体に身を任せながら尋ねる。すると、げっそりとしたような表情が返ってきた(ような気がした。)

「何をキモい質問しよんの」
「あるでしょ、欲しいもの。何か一つくらい」
「ない。一個もない」

視線が外されたのを知り、わたしは隣の座席に座る彼を見た。座席横の手すりに肘をついて、ボンヤリとどとか遠くのほうを見つめている。(一応)付き合っている彼女に対する対応としては如何なものかと思うが、これが御堂筋翔という人間の通常運転であり。

「せっかくの誕生日だよ。何もないなんてことはないはず」
「なまえちゃんしつこいで」
「プレゼントはわたし?」
「ブッ!何その発言キッッモ!現実で言われると実にキモいわ」
「じゃあ、自転車用品」
「よう知らんやろ」
「大丈夫。翔くんが指定したもの買ってくるもん」

右耳のほうから長く深い溜息がひとつ。「グローブ」と返答があったのは、それから暫く沈黙が続いたあとのことだった。そっか、グローブ。自転車競技用のグローブを思い浮かべてにんまりと笑ったわたしを、翔くんはまた罵った。何色が似合いそうかと考えてはみたけど、律儀な翔くんのことなのでメーカーと色は指定してくると見た。

「フツー数日前に聞くもんちゃうの」
「今日はわたしが一緒にいるからいいかなって」
「キモ」
「キモくていいよだ。わたしはわたしで翔くんのことが好きだから」
「…魔性のアホか」

呟きがあったほうを見やると、翔くんはフイと顔ごと目を逸らした。ほんのりと顔が赤い。にんまり。わたしの頬はまたゆるゆると。

「グローブ擦れたらまたプレゼントしてあげちゃう」
「買うてから言いや」

目的地へと走っていた電車が徐々に速度を落としてプラットホームに停車する。手を掴まれて降りたそこはやっぱり見知らぬ駅だった。この季節にはまだ冷たい風が水のように流れる。寒い。思わず呟く。すると当たり前のように、繋がれたままの手がポケットの中へと導かれた。

「それで、どこ行くの?」
「6回目。なまえちゃんは黙って着いて来ればええんや」
「ちょっとキュンとした」
「キモいで」

寒い、けど、あったかい。この心地よい温度が恋というものの正体なのかもしれない。









心を侵食するふわふわとした感情を噛み締めながら。初めて連れてきてもらった目的地にて、わたしはほんの一瞬、酸素を吸い込むという行為を止めることになる。驚きと喜びとの交差地点。話には聞いていたけど、そんな、いいのだろうか。

「母さん。この前紹介する言うとったなまえちゃん、ちゃんと連れてきたで」



2014年御堂筋誕
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