休み時間に廊下を全力で駆け抜けるのは恒例行事になりつつある。廊下は走るなという風紀委員や教師の声がどこからともなく聞こえてくるが、うっせ、オレだって好きで走ってるわけじゃねェよ。こんなの疲れるだけだし、好き好んで走り込みするドエムでもない。んじゃあ何で走ってんのかというと、んなもん決まってる。あいつがオレの気に障ることばっか仕出かすからだ。全部あいつが悪い。曲がりなりにもマネージャーやってんなら、部活前に無駄な体力使わせんな。

「今日も楽しそうだな、おめさんたち」

にこやかに笑う新開は何もわかっちゃいない。楽しそう。どのあたりをどう見ればその結論に辿り着くのか、わかりやすい言葉で説明しやがれボケナス。

「楽しくねーよ!!ねェ福ちゃァん!あのバカどこ行ったァ!?」
「なまえか?なまえならここにいる」
「えっ、何で言っちゃったの!約束が違うよ福富くん!」
「てめえそこ動くなよ!!」
「べーっだ!」
「アア!?」

福ちゃんの足元から出て来たなまえは、ガキみたいに赤い舌を出して前の扉から逃げて行く。やることなすこと全てガキくせえ。そんな奴の思惑にまんまと嵌ってイライラしているオレも大抵だが、そうとわかっていても募る苛立ちは治まらない。ムカつくもんはムカつく。仕方ねえだろ。

「今日は何されたんだ」
「サドルどっかに隠されたんだよ!!今日こそしばく!」
「はは、なまえも素直じゃねえな」
「仲が良いのはいいが、廊下は走るなよ」

だから、どこをどう見たらそうなんだ。あんな天邪鬼と仲良しこよしとか虫唾が走る。喧嘩するほど仲がいいなんて気色の悪い言葉があるけど、ありゃ嘘っぱちだ。なんつー無責任な言葉だと思う。
短けえスカートで逃げ回るバカを追跡し、追い詰めた先は立ち入り禁止の扉前。「やっば、」と顔を歪めたなまえの腕をがっちりと掴み、勢い任せに扉に押し付けた。壁に手をついて逃げられないように。小回りの効くチビなら別だが、女子にしちゃそこそこデカイこいつはこうともなれば身動きが取れない。昨日も一昨日も逃げ切られて終わってんだ。昼飯取られた借りと、足引っ掛けられて転ばされた借り、あと今日のサドルの一件。それら全ての借りを返さない限り、今日という今日は後に引きてやる気はない。

「ったく、ちょこまか逃げやがって…!もう好き勝手さ、せ」
「……っ、」

言おうとした言葉が頭ん中から吹き飛び、途切れた。何でって、そりゃあ、おまえ。

(近い、)

近い。とにかく近い。こうやって見るとこいつ目でかいし、顔も口もちっせーし細いし、何か柔らかそうだし。威嚇してんのか何なのか知んしねえけどやばい、涙目で上目遣いはやばい色々とマズイ。なんかすっげェ悪いことしてる気分。つーかなんでオレこんな体制になったんだ。一応女子だぞこいつ。バァカしねよ数秒前のオレ。あ、ダメだろヤバイマズイとにかく近い!耐えられねェ!

そこからは全力だ。
顔を見られたくないから逃げ出したっつーのに、「待ってよ!」きょとん顔から復活したなまえが追いかけてきた。

「なっ、てめ、こっちくんな!!」
「ちょっと!止まって!!」
「やァだよ!あとでかまってやっから今はやめろ!!」

顔が熱いってことはつまり、顔が赤いっつーことだ。そんな顔は誰にだって見られたくない。それを、この女ときたら。

「なんで、よ!」
「げっ、」

大した跳躍力、なんて感心してる場合か。腰回りに思い切り抱きついてきたなまえをどうするべきかの答えを、すっかり混乱した脳みそは教えてはくれない。役立たず。抱きしめ返していい間柄でもねえし、じゃあ、この行き場のない手はどこへやればいい。

「はははははなれろボケナス」
「仕返しだばーか!」
「バァカ!顔真っ赤にして何が仕返しだバァカ!」
「靖友だって顔真っ赤じゃん!」

つーか、なに、こいつを抱きしめたいんかよオレは。情けなく震える腕は宙に浮いたままだ。

「なまえ…チャン」
「チャン付けとかきもいからやめて」
「っせ、いいから離れてくれナイ?」
「…いや、今離れると、顔が」
「つったって、オレもそろそろ限界なんだけど」

心臓が。太鼓みたいに鳴る心臓の音は、もうとっくにバレてるはずだ。いや、実際この音はオレのなのかなまえのなのかわかったもんじゃない。指先までジンジンとしだして、まるで全身が心筋にでもなっちまったみてーに。
そろりと離れた顔はきっとオレと同じくらい真っ赤に染まっていて、なァもうこれどうしたらいいわけ。チャイムが休み時間の終わりを告げるまで、互いに言葉らしい言葉が出てこなかったのは言うまでもない。



20140304
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