男子ものの制服をスラリと着こなし、腰のあたりまである黒髪を上の方でひとつに束ねて。イケメンという代名詞がよく似合うそいつは、ウチの部のマネージャーだったりする。

「みょうじさん!あの、家庭科で作ったんですけど、よければ食べてください!」
「え、オレに?」
「は、はい!」
「いーのかよ、こーいうのって男にあげたほうがいいんじゃね?」
「いえ!みょうじさんに食べて欲しいんです、」
「そっか、サンキュー。大事に食うよ」

ファンクラブだか何だか知んねーけど、耳をつんざくような女子の悲鳴が廊下から教室に響く。爽やかな笑顔を前に卒倒する女子生徒数名。漫画かよ。あれで実は女です、なんつーんだから、世の中何が起きるか分からねえし何が起きてもおかしくねえと思う。サッカー部のイケメンもビックリだろ。ウチの自称イケメンは密かに対抗心燃やしてっけど。

「なまえってモテるよな。主に女子に」
「ファンクラブの女子の数はオレのほうが多い。ちなみに一部女子の間では密かに王子と呼ばれているらしいぞ。オレも呼ばれたいんだがこれ以上どう美形になれと?」
「るっせ森の忍者」
「スリーピングビューティ!」
「王子か。あながち間違いでもねえけど、…普通にしてればかわいいのにな」

呟きは小さかったが、隣にいたオレの耳にはしっかり届いた。普通にしてれば可愛い。モテるやつの考えることはよくわからねえ。だってそうだろ、ナリも口調も、あいつどっからどう見ても男だし。初対面の時からずっと、女だってカミングアウトされるまで男だと思って疑わなかったんだ。今更そういうふうに見てみろってほうが難しい。

「荒北って頭いいんじゃねーの?悲惨な点数だな」

肩にズシリと重み。当の本人だってこの調子だ。オレは肩にのっかる腕を特に振り払うこともしないで、けらけらと笑うみょうじに言葉を返す。

「っせーな、理系なんだよオレは」
「けどまじーだろ。次のテスト難しくするってさ、先生言ってたぜ」
「…マジ?」
「マジ。あ、よければオレがおしえてやろっか」
「おー頼むわ」
「赤点とったら試合出れねーからなァ。気合い入れろよな!」

いてえっつの。容赦無く叩かれた背中がじーんとする。
顔良し頭良し。今は自転車部のマネージャーに収まってるけど、中学時代は剣道をやっていたらしい。運動神経も良くて大抵のスポーツは簡単にこなしやがる。料理もできる上に気立ても良し、コミュ力も高い、とんだハイスペック野郎だ。そりゃモテるに決まってんな。

「この単語がさ、こっちにかかってくんだよ。で、現代語訳がこうなる。おまえ覚えんの得意だろ。とにかく暗記しちゃったほうがいいんじゃね?」
「……」
「おーい、荒北」
「…おまえ何か香水つけてるゥ?」
「は?つけてねえけど」

みょうじは訝しげに眉を寄せて首を傾げた。香水か、いやちげーな、そういうどぎつい匂いじゃなくて、もっと。
匂いの正体に頭を悩ましていると、「その問題終わったら教えてくれ」そう告げたみょうじは目の前のプリントに何やら文字を書き始めた。マネージャーの仕事らしい。匂い、なんてどうでもいいこと考えてる暇あんなら勉強しねえと、赤点だけはぜってーやだ。福ちゃんに迷惑かけたくねえし。

どれくらい沈黙が続いたか。聞こえてくるペンの音が止まったのに気付いて、真横を見た。すやすやと寝息を立てる整った顔。口を開けて寝る東堂とは大違いだ。
――普通にしてれば可愛いのにな。
昼間の、新開の言葉が脳裏をよぎったのは、きっと鼻を擽る甘い匂いのせいだと思う。吹き込む風に揺れる黒髪。柔らかそうなそれに、ふと触ってみたい衝動に駆られた。

(なァんかうまそーなんだよな、)

なんで触れちまったのか、触れなければそういうふうに思うこともなかったのかもしれない。けど、――重力に引き寄せられるみたいに顔を近づけた、その時、閉じられていた瞼がパチリと開いた。

「…荒北さあ、」
「っ、」
「起こすなら普通に起こせよ普通に。あーキスされっかと思ってビビった」

その言葉にビビったのはオレのほうだ。男相手に何やってんだ、と今更になって自分のやろうとしていたことを認識する。いや、男?
新開の台詞がまたよぎった。「冗談だぜ?」と笑うみょうじを前にして思ったことは、どこが男だよ、なんていう閃きにも似た確信。甘い匂い、柔らかい髪。鼓膜をつく声とか、触れた肌の質だとか、そういうもんをオレはずっと前から知っていたような、そんな感覚さえ。

「そうとも限らないんじゃナァイ?」
「は?」
「さっきの、もし冗談じゃなかったらさァ…おまえ、どうすんの?」
「ない、だろ。オレ、こんなだぜ」
「ま、物は試しだ」

髪に指を滑らせ、それを束ねているヘアゴムに手を掛ける。まるで入っちゃならねえ領域に足を踏み入れるかのように。はらりと落ちた横髪、その下に浮かんだ表情は。
目の前にいるこいつを女と再確認したらそこまで、もう後戻りはできねえんだろうなァ。



20140303
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