どうしたものか。私は頭を悩ませていた。このままでは何一つ解決しやしない。即刻何か手を打たなければ、いっそ命絶えるまで悩み続ける他に選択肢がないことは分かりきっている。そう、あえて言おう。これは私にとって重要な問題なのだ。この苦しみを味わったことのない幸せ者には心底馬鹿らしい悩み事かもしれないが、まともに食事はとれない、心地の良い眠りにつけない、そんなこんなで良いことなんて一つもない、二進も三進もいかない状況とは当にこのことである。気になって仕方がない、何も手に付かない、――これだけ押し並べてみると、まるで恋愛のように甘く心苦しいもののように思えなくもない。嗚呼、幸せな夢物語だったらどれだけ救われただろう。現状を物語に例えるとしたら悲劇だ。どこにいてもこの有様だというのに、一体誰が幸せになれるのか。
考えれば考えるほどに涙が溢れてくる。鼻や喉の奥のほうに違和感を感じて、私はズズッ鼻を啜った。

「いい加減泣きやめよ」

こちらに背を向けたまま、靖友は気怠そうな声で言った。なんて薄情な奴だ。心配するしないの話ではない。人がせっかく家に来てやったというのに、ドアを開いたと思えば早々盛大に顔を歪められ、勝手に買ってきたお菓子の袋を全開にしたら「全部食えねェくせに開けんな!」と怒鳴られ、レンタルしてきたDVDはパッケージを見るなり部屋の隅に追いやられてしまった。

「辛い」
「知るか」

ごしごしと両目を擦りながら今一度「辛い 」と呟けば、何ということだろう、返事の代わりに舌打ちが返された。
誤解のないように述べておくが、私と靖友は決して不仲なわけではない。かと言って仲良しこよしと形容するのもまた違う気がするが、ともあれ、意図せず始まった私たちの関係も気付けば四年目に突入した。付かず離れず。今ある以上の関係を望むわけでもなし、測れるようで計れない微妙な距離は逆に心地良いのかもしれない。こうして部屋を訪れるのは今日で何度目になるだろう。一人暮らしと同時に女子大生ライフが始まったのもつい最近のことのように思える。一年と数ヶ月。月日の流れは感覚よりも早いものである。
――と。巡り巡る思考が途絶えると鼻だか喉だかのあたりがむず痒くなった。私はこの部屋にあるはずのティッシュペーパーの姿を探した。皮膚に優しくない安いテイッシュの箱は、テレビの横に二つばかり積み重なっていた。

「やっともぉ」

絞り出した声は思いの外鼻声だった。数秒が経過、応答なし。奴の視線は未だ手元に向けられたままである。

「やっともってばぁ、ねえねえやっとも無視は」

黒髪の上に顎を乗せてみる、と、次の瞬間容赦のない頭突きをお見舞いされた。舌を噛まずに済んだものの、顎が割れたら一体どうしてくれるつもりだろう。

「ウッセェよ!わかったからその呼び方やめろ!」
「だってさぁ、鼻がさぁ、やっともぉ、やっとも私の彼氏でしょ何とかして」

靖友の肩がピクリと震えた。もしかしたら、もしかしなくても私は奴の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。ここにきて、右頬を引き攣らせた般若がゆらりと振り向いた。力の込められた右手が頭皮に食い込んでちょっと、いや大いに痛い。

「いつオレがお前の彼氏になったって?あ?」
「も、もぉ照れ屋さんなんだから!謝るからコレどうにかして」
「出来るわけねーだろ死ね」

辛辣な言葉とともに頭が地味に痛んだ。薄っぺらい雑誌とはいえ、叩かれればそれなりに痛い。ジンジンと痛みを訴える頭を摩りながら顔を上げると、ほんの少し赤みを帯びた耳が視界に写り込んだ。

「照れた?ちょっと胸ドキ?」
「んなわけ…オイ鼻水つけたらコロス」
「勝手に出てくるんだってばぁ!う、やっともも花粉症になればいい…ティッシュとって」
「おらよ」
「いだいっ!」

飛んできた箱ティッシュを顔面キャッチ。思い切り鼻水をかんだら、優しくないティッシュのせいで鼻の横がひりひりと痛んだ。あれだけ鼻セレブを用意してくれと頼んだのに、あんまりだ。
今日は外でない!と息込んだら、おもむろに出掛けて行った靖友がアクション映画のDVDを借りてきてくれた。放られたコンビニのビニール袋の中にはペプシとプッチンプリンが入っていた。なんだ、ホラー映画が観たくないのならそう言ってくれれば良かったのに。勝手に取り出した小皿にプッチンプリンをプッチンしながら呟くと、「るっせ」という照れ隠しにも似た悪態が一つ返ってきた。



20150619
花粉症が辛かった季節のあれ
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