窓を切り取った風景は透き通るような青一色。白い雲のかけら一つなく、ただどこまでも果てしなく青空が続いている。ええまあそりゃもうウザいくらいにいい天気だ。この時期の学生の心情を現すにはもってこいの情景なんだろう、と思う。
担任の口から出た言葉をゆるりと脳内で処理しながら、私は机につっ伏せた。暖かい日差しが背中に当たる。思えば、このクラスは面倒だからと言って席替えをすることは一度たりともなかった。おかげで私は一年間、いずれの学生からも高い支持率を受けているであろう窓際後ろの席に居座ることが出来たわけだが――正直な話、夏冬は地獄だった。温度調節の利く真ん中の一番前の席だったほうがまだ良かったかも知れない。冬はタオルケット、夏は下敷きが必須だ。親切な隣人がいなければとんだ自殺行為だったと、思い返す度に反省している。

「もうオレたちも卒業か。三年間、あっという間だったな」

感慨深いとでも言うような隣人の呟きに、ああ担任の話を聞いていた奴もいたのかと思った。「そうだね」適当な返事を返すと、隣人はチラリとこちらに視線をやってから、少し微笑んでまた前を向いた。
曰く、私たちはついに青春を終えるらしい。悲しいかな、青春という青春を謳歌してこなかった私にとっては“らしい”という表現がしっくりくる。部活動の仲間と汗や涙を流して、隣のクラスの異性と甘酸っぱい恋をして、勉学に励んで、短い高校生活を無我夢中に突っ走っていればそれなりに感慨深いものもあっただろう。それでもまあ、私なりにこのクラスを楽しんだつもりだ。
しかし、私は思うわけだ。有名な春の合唱曲よろしく、この気持ちはなんだろう、と。後悔は無い、進路はとうに決定した、のに、このもやもやとした感情は何だろうか。

「そういえばみょうじはどこの大学にしたんだ?」

担任に向き合っていた金城はこちらに顔を向けていた。
みょうじ、と呼ばれたことに今更ながら違和感を覚える。そういえば、金城は私のことを一度も名前で呼んだことはなかった。巻島や田所、その他自転車部の面々が変わっていただけなのだろうか。そうかもしれない。主将と同じクラスで主将の隣の席の住人という、ただそれだけの私に、彼らはとても良くしてくれた。田所がくれたメロンパンの味は死ぬまで忘れられそうにない。
――と、至極くだらないことを数秒を費やし考えた私は、「地元の四年制大学」とだけ口にした。我ながら可愛げのない返答だ。流石に悪いと思って、受け取ったボールを投げ返すことにした。

「金城は?」
「オレは洋南だ。大学に行っても自転車は続けるつもりだからな」
「そっか」

私はないからなぁ、そういうの。
自分を卑下する意味でもなく、はたまた嫌味でもなく。何の考えもなしにそんなことを思いつつ、ガラスに映る青に手を伸ばした。窓を開ける。すると、より鮮明に青が映し出される。「見つかるサ」その色を綺麗だと思ったのとほぼ同時、金城は唐突に呟いた。間抜けな話だ。私はつい先ほど思ったことを無意識に口にしていたらしい。

「今からでも遅くはない」

キョトン顔の私に、金城は薄く笑んだ。爽やか。そう称されるであろう表情を向けられたにも関わらず、私の脳内は困惑していた。眉間に皺がよるような、何とも言えない感覚に襲われたのだ。
初めての感覚ではなかった。私は記憶力が悪いほうではないから。確か、初めて金城が私に話しかけてくれたときも似たような感覚を覚えた。次に、ちょっと憧れてた先輩に彼女ができた時。ちょっと憧れてただけなのに、ほんの少し辛かった私に金城は美味しいケーキを奢ってくれた。
思えばあの時、あの瞬間、私は金城にどうして欲しかったんだろう。何と声をかけて欲しかったんだろう。何を求めていたんだろう。私は。私って、金城にとっての何だったんだろう。
それを問いかけるより前に――問いかけるつもりなんてなかったが――金城は私に向けて言った。

「卒業してもまた集まろう」
「…うん」
「巻島と田所も呼ぶか」
「そうだね。ん、それがいい」

それがいい、と。もう一度自分に言い聞かせるように口にすると、もやもやとした何かがスッと消え失せたような気がした。窓枠に切り取られた青空に滑る飛行機雲。目の前に飛び込んできたその色は、不思議と純粋で混じり気のないものに思えた。



20150316
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