すっかり冷たくなった風が髪を掬い、首筋を通り抜けた。ひんやりとした感覚に秋の訪れを感じる。あの人と出会ってもう丸一年になるのかと思い返せば、良くも悪くも変わらない関係に小さな笑みが零れた。
恋人ってなんだろう。私の心を巣食う一つの疑問。それは、仲の良い友人、例えば親友や幼馴染などといった類のものと一体何がどう違うと言うのか。一度考えを巡らせればやがて堂々巡りに辿り着くが、私は、私と彼とを繋ぐこの関係性が恋人でなくてはならない理由を懲りずに探し続けている。好きかと言われたら好きだと答える。しかし恋愛的な意味かと問われれば、首を傾げる他にない。恋愛感情が何たるか、わからないままに付き合い始めたのだ。それはきっと彼だって同じだろうし、つまり私たちは互いに一抹の疑念を抱きながら隣を歩いてきた。
恋愛って何だろう。何を持って恋と呼べば良いのだろう。しかしまぁ、わけのわからない感情の中にも唯一素直で純粋なものがある。会いたい、などという、さながら少女漫画の主人公じみたそれ。いつだってそだうだ。私の目は気付けば彼の姿を探していて、頭の奥のほうでは現に彼のことを考えてしまっている。

ポケットに入れていた携帯電話が短く震えた。この時間に連絡を入れてくる相手はイレギュラーを除いて彼の他にはいない。それを知りながらあえてこの場所にいるのだから、私はとっても狡い人間だと思う。
差出人、旭くん。送られてきたのは「今何してる?」いつも通りの簡素なメッセージだ。以前これを見せたとき、沢村が「ヒゲチョビが言うと犯罪臭するな」と至って真面目に呟いたのを思い出す。けれど唐突に、一方的に要件を告げないのが彼の優しいところでもある。彼はいつだって他人のことを考えていて、自分の感情なんておそらく二の次なんだろう。私はその事実が寂しかったりする。まるで、想っているのは私だけだと言われているような気がして。
画面を指先で叩いて、「公園にいます」とだけ打ち込んだメールを送信した。ごめんなさい。心の中だけでいつも通りの謝罪。困らせたいわけじゃない。惑わせたいわけじゃない。でも、私はあの子と違って素直に泣いたりできる女の子じゃないし、彼の友人みたいに感情を言葉にできる人間でもない、だから。

「なまえ!!」

果たして。どれくらい思考を巡らせていたかは分からなかったが。名前を呼ばれて我に返る。耳に慣れない音、しかし確かに心臓は一つ鼓動した。薄暗い公園の時計に目を凝らせば、長針はほんの少しだけ左側に傾いていた。
息を切らして駆け寄ってきた彼、旭くんはというと、勢い任せに私の肩を掴んで強い目を向けてきた。普段目にすることは殆どない、珍しい表情だ。たぶん、次に彼が口にする台詞はこうだろう。

「こんな時間に一人で出歩いたら危ないだろ!」

ドンピシャ。私は視線を下のほうに落として足元を見た。
旭くん、ロードワーク帰りだったのかもしれない。あるいは、既に家に帰っていたのかもしれない。真意を問うことこそないが、私を無事を案じて走ってきてくれたのは紛れもないホントだ。それが心地よいだなんて、言ったら怒られるかな。沢村や菅原がこれを知ったら「もっとやったれ」と囃し立てるだろうけど、清子は呆れ返ってため息を吐くだろうなぁ。

「ご、ごめん、怒鳴ったりして…!」
「ううん、私こそごめんなさい」

私のことを心底心配してくれていたのだろう、胸をなでおろした彼を目の前に、私は自分の狡猾さに底知れない嫌悪感を抱く。ごめんなさいなんて、思ってもいないくせに。私はいつだって自分のことしか考えてないくせに(彼はこんなにも、想ってくれているのに)
落ち着きを取り戻した旭くんは我に返ったのか、慌てて私の肩から手を離し、それから後ろに数歩後ずさった。そして気まずそうに頬をかきながら私に問い掛ける。

「何もなかった?」
「おじさんに話しかけられたよ」
「え゛っ、」
「うそ。何もなかった」

事実を伝えると、随分と高いところにある口元から安堵の息が漏れた。私はそんな彼に背を向けて近くのブランコに腰掛ける。ギコギコと錆びついた鉄の音が、旭くんの小さな呟きを掻き消したように思えた。
心臓の鼓動は静かにリズムを刻み続ける。砂を踏む音が近づいてきて、私は盗み見るようにチラリと目線だけを上に持ち上げた。

「もう暗いから帰ろう。家の人に心配かけちゃダメだ」
「…東峰くんは、」

恋ってなんだか知ってる?私たちがこの関係を続けて行く意味はどこにあると思う?
なんて、馬鹿みたいな質問を投げようと口を開いて、やめた。本当に聞きたいのは、知りたいのは、そんな下らないことじゃないのだ。出会った時から変わらない。私はずっと、その問いかけの答えを手探りで探し当てようとしていただけに過ぎない。
もし今同じ質問をされたとしたら私はいくらだって答えられる。両手じゃ抱えきれない数の私が彼を好きな理由、なんならいっそ正座して全部唱えたっていい。「もういいわかったから」と、彼が顔を真っ赤にして心を乱すくらい、たくさんの想いが喉の奥に詰まって苦しい。

「みょうじ、さん?」

私はぶかぶかの薄手のセーターの裾を掴んで真っ直ぐに旭くんを見た。瞳に動揺の色を見せて顔を逸らそうとした旭くんの頬を容赦無く両手で挟む。耳まで響く鼓動は手のひらを介して届いてしまっているかもしれない。この気持ちが伝わるなら、それでもいい。

動きを止めること数秒。漸く言葉の意味を理解した旭くんが首まで真っ赤に染めあげ告げた言葉を、私はしばらく忘れられそうにない。



20140928
song by YUKI
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