携帯の電話帳を開いて羅列する名前を読み上げることは容易いのに、あいつの名前はそう簡単に呼べない。今まで散々苗字で呼んでいたからだろう。付き合ったから名前を呼ぶ、そういうのって何つか、えらく恥ずかしい行為なんじゃないかと思うときがある。

「やーすーとーも」

ベッドの端に両手を置いて、こちらを覗き込むようにしてなまえはオレを呼んだ。どうしてそういう気になったかは分からないが、たまに、気が向くとこうして名前を口にする。チラリと視線をやれば、満足そうにへにゃりと弛む表情筋。気まぐれに懐いては離れる。猫みたいな奴だと今更なことを思ったと同時に、ああ好かれているんだと実感しては顔が熱を持った。
現在、かまってモード。期待通りの反応に味を占めたらしいなまえは、漫画から目を離そうとしないオレを甘ったるい声で呼ぶ。

「やすともくん」
「……」
「やす、…荒北くん」
「…なんだヨ」

苗字のほうに反応すると、なまえはあからさまに不機嫌な顔をした。

「名前呼ばれるの嫌い?」
「心の準備ってモンがあんだよボケナス」

心の準備とは言ってみたが、いつまで準備なんぞしているのかと自分自身に問いたくなる。けどまァ事実だ。未だ名前を呼ばれると心臓が跳ね上がる気がするし、それに伴って身体の奥が熱くなるのだから。
ボケナスと言われて機嫌を悪くしたのか、なまえはベッドに背を向けてゲーム機のスタートボタンを押した。画面ではキャラクターたちが自動車やバイクに乗ってレースをしている。女キャラを選ばずイカツイやつを選ぶあたりがこいつらしい。オレは最初から内容など頭に入ってこない漫画を閉じて、その背中に声をかけることにした。

「なまえ、チャン」
「……」
「オイ無視かコラ」

意識の中ではいくらだって呼べるのに本人の前ではこれだ。我ながら情けないとは思う。

「オイ拗ねんな。こっち向いてくんナァイ?」
「今いいところなの」
「コンピューター相手に楽しいのかよ」
「楽しいよ」
「……」
「あー、ゴール前だったのに、…荒北くん?」

――ちっけ。
自分で顔を近づけておいて何だが、あまりの近さに一瞬躊躇いを覚えた。これが初めてってわけじゃねェのに、いつだって心臓はけたたましく暴れ出す。半ば自棄になって、オレはベッドに頭を預けたなまえにキスをした。無を突き通していた表情が変化すれば、たまらなく気持ちが溢れてくる。好きなんだ、たぶん、おまえが思っているよりもずっと、もっと。
感情を吐き出すかのように名前を呼ぶ。声は震えなかったが、今、オレの顔は赤くなっているに違いない。

「なまえ、」
「はい」
「…呼ばねェの?」
「呼ぶ」

腰回りに抱きつかれて、ああクソと思ったが、なまえが楽しそうだからまァいい。噛みつきたくなる甘い唇が紡ぐ名前は聞き慣れたものであるはずなのに、何故だかとても愛おしいものに思えた。



20140827
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