片恋三年、想いが通じ合って二年と少し。高校を卒業してすぐ同棲を始めてみたものの、むしろそれが裏目に出てしまったように思う。週末にデートの約束をして、会って、恋人らしいことをして。そうしていたときのほうが今よりは随分と幸せだった。近すぎると相手の欠点ばかりが目立つ。知りたくなかったことまで知れてしまう。良いところも悪いところも併せて受け入れるが愛情だと人は言うが、彼のこの悪い癖は、おいそれと赦されていいものであるとは思えない。わたしはそこまで心の広い女じゃない。だから、今の彼の態度は尚更わたしの気性を荒立てる。

「どうして浮気するの?」

何度目かも分からない詰問をしておきながら、わたしは頭の片隅でしかと理解している。浮気の理由、その答えなんて存在しないのだ。この質問に対する答えはいつも同じだ。にこにこという擬音がぴったりの笑顔で、彼は悪びれた様子もなく言うのだろう。

「浮気じゃないよ」

彼がそれを浮気と認識しない以上、これ以上の答えは望めない。付き合う前から気づいていたことだが、彼の、隼人の思考回路は何事においても常に基線の向こう側にある。予想の斜め上を行く行動に幾度となく振り回されたのは、そう遠くない思い出話だ。しかし、見ず知らずの女を連れてラブホテルから出てきて尚、浮気ではないと言い切る姿勢には呆れを通り越して脱帽する。開口するわたしを見て「友達?」などと問うてきた女子は、きっと自分を隼人の恋人が何かと勘違いしているに違いなかった。しかも、だ。さらに厄介なことに、隼人の選ぶ浮気相手というのは何れもわたしにそっくりの相手であったりする。髪の長さや色、そして声のトーン。それらが疑似していると指摘したのは高校時代の友人だったか、ともあれ、それが事実なだけ質が悪い。

「あの女の人、なに?」
「アケミちゃん?」
「名前を聞いてるわけじゃないんだけど…ねえ、隼人ってわたしの恋人だよね?」
「うん。もちろん」

ほんの2か月前に交わした会話とまるで同じだ。いっそ録音した音声をただ流しているだけのように思えてくる。勿論。隼人は、そう口にしては強請るようにキスをする。そしてその後にくるテンプレート化した台詞までがお決まりのワンパターンであり。

「オレが好きなのはなまえだけだよ。わかるだろ?」

熱っぽい声に耳が侵される。甘えるような、乞うような。隼人がそんな声を使うのは浮気に限らずわたしの機嫌を損ねたようなときだということ、それを知っていながら心を赦す馬鹿な女に彼を咎める資格はない、そんな気がする。

***

特に身体を重ねるといった行為をするわけでもなく目覚めた翌朝。シーツの冷めた熱に一種の寂しさを感じながら、テーブルの上に置かれた紙切れを手に取る。

(また朝帰り、)

夕飯はいらない。見飽きたそのフレーズには溜め息さえも出なかった。
――わかるだろ?
昨晩だったか彼は問うたが、全く以って分からないし、理解は未だ追いつかない。そもそも浮気をする男の心理とは何だろうか。そこに何を求めているのだろうか。その何かは、恋人であるわたしには満たせないものなのだろうか。考えれば考えるほどに感情は溢流する。考えるしかできないわたしは、何時になっても隼人の女遊びを辞めさせることはできやしないんだろう。けれど、わたしはやっぱり馬鹿な女で。例えば翌朝、何時ものように隼人が寄り添ってきたとしたならば。鼻をつく香りが知らないシャンプーの匂いだとしても、きっと、わたしは何も言えずに口を閉ざすしか出来ない。皮肉なことに、それだけは確信できる唯一のことだった。

***

当て付けの気が無かったといえば嘘になる。

「どこ行ってたんだ?」
「飲み会、終電逃したから泊めてもらっちゃった」
「…男?」
「うん」

おかえり、ただいまの言葉もない、朝の、少しボンヤリとした意識の中でのやり取り。浮気の事実を肯定して家の中に入ろうとしたわたしの腕を、隼人は力任せに引いてドアに押し付けた。鍵が閉まる音がどこか遠くの方に聞こえる。「なまえ、」珍しく乱暴なキスの最中、わたしを呼んだ声は酷く熱っぽくあり。視界に入り込んだ表情は、目は、あるひとつの感情を雄弁に語っているように思えてならなかった。

「なまえ」
「…なに?」
「好きだよ。オレ、なまえのこと好きだ」
「……」
「だから、いなくならないでくれ」

不安だ、と。
痛いくらいに抱きしめられた身体は確実に熱をもち、途切れそうな糸を繋ぎとめるかのようなキスは確実にわたしの酸素を奪っていく。それでも頭の中はやはり冷静なまま、ひたすらに答えのない自問自答を繰り返していた。

「オレにはなまえしか居ないんだ」
「うん、…わたしも」

片恋三年、想いが通じ合って二年と少し。わたしは未だ、彼の吐き出す言葉の真意を理解することが出来ずにいる。



2014
恋愛標本さまに提出 再録
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -