時計の針が二周してまた新たな一周を始めようとしている頃。トイレに足を運ぶと、リビングにぼんやりと明かりが灯っているのに気がついた。この家にはオレと彼女の二人だけが住んでいる、つまり。
カーテンが閉められているそこにはテレビの明かりだけがぼんやりと光っていた。ただ延々と流れる深夜のニュースを視界の端にソファに近づいてみると、規則正しい寝息が聞こえてきた。今日は仕事が長引くだろうから始発で帰る、と。彼女は今朝方、確かにそう告げて仕事に出かけていった。仕事とやらが予定よりも早く片付いたのか、だから終電で帰ってきたのか、それとも、タクシーを拾ったのか。何れにしても寝息を立てる彼女の表情は疲れ切っていたから、ここに帰ってすぐに横になったと見て間違いないだろう。

「なまえ、」

返事はない。よほど深い眠りについている様子だ。ここのところ不規則な生活を送っていたのは知っている。それをおくびにも出さないのが彼女の強い一面でもあるのだが。

「こんなところで寝ては風邪を引くぞ」
「…ん、……」

顔を近づけ声をかけると、彼女は眉を寄せて唸ったが、それでも起きる気配はなかった。
ふと、彼女の顔を照らしていた光のほうを見る。テレビに映るアナウンサーが、さして感情のこもってない声で一日のまとめを告げている。今日は悲惨な交通事故で何人が亡くなったらしい。ここからは遠い地域で、誰が誰に酷い手口で殺害されてしまったらしい。流れてくる情報といえばそんなものばかりである。
――たとえば、たとえばの話だ。
輪廻転生や因果応報がこの世界に存在するとして。たとえばそれらの運命が偶然ではなく必然だったとしても、オレは何も思わない。思えないのだ。なぜなら、自分の身にはまったく関係ないものだから。この心には悲しみも同情も生まれはしない。彼らを助けたいとは思わないし、在りもしない偽善を振りまくつもりもない。それはおそらく、自分が同じ立場になったときにそうしてほしくないからだと思う。
では、彼女は。彼女はどうするのだろう。自分の手の届く範囲にあるなら、是が非でも助けようとするだろうか。何かしらの行動を起こすだろうか。

「ん…?どうした、」

手がもぞもぞと動いたかと思うと、服の裾を捕らえた。うっすらと目が開かれて、うつろにオレを映す。

「……て、」
「て?」
「…手、かして」

言われるがままに手を出すと、彼女はそれを自分のほうへと引いた。そして満足そうにほほえんでから、また眠りについた。きっちりと離れそうもない結び目に、オレは諦めてそのまま手のひらを貸すことにした。彼女がそれを良しとするならば、オレは何も言うまい。
この世界は山ほどの愛で溢れているのだろう。そしてその多くはやがて新しい命を生み出す。偶然も必然も、生きてる者には関係ない。ただ彼らは今を生きてるだけだ。誰かの命が絶たれようが永らえようが、自分は生きるしかないのだ。そもそも、本当に切実な状況の中で偶然か必然かなどと思ってる奴はいないだろう。思っていられるだけ、それを考えることのできる現状は「幸せ」以外の何物でもないというわけだ。



20140824
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