地面に照りつける日差しはいつになく目に優しくない。そう思うようになったのは皮肉にも、中学生活最後の夏のことだった。

新幹線と古臭い私鉄、あとは決して乗り心地の良いとは言えないバスを乗り継いで数時間と少し。幾度か両親や妹たちと訪れた場所ではあるが、幼少期の記憶というものは全くもって当てにならないことを身に染みて実感する。唯一覚えていたのは整備されていない道路を走るバスの、ガタガタと揺さぶられる感覚だけ。ただうざったいだけのこの感覚も、あの頃、年相応のガキをやっていたオレにとってはさながら遊園地のアトラクションのように心躍るものだったに違いない。
せっかく金額を入れて来たスイカは使えないため、愛想のない運転手に小銭を手渡した。ドーゾと降ろされた終着駅には申し訳程度に設置されたベンチと駅名の書かれた板切れのみしか存在していなかった。当たり前だが、近くにはコンビニらしき避暑地も見当たらない。せめてこの暑ぐるしい日差しを遮るための屋根くらいは用意しておけと思うが、仕方がない、これが田舎っつー場所なんだろう。

「げっ、」

思わず声が出た。画面端に表示されたアンテナが一本たりとも立っていなかったからだ。バス停に着いたら連絡を入れるよう言われていたことを思い出し携帯電話を手にしたところで、これだ。登録された電話番号はいよいよ本格的に何の意味も持たなくなった。しかしまあ、それを差し引いても。足の悪いばーちゃんがどうやってこのバス停まで迎えに来るつもりだったのかという疑問は残るのだが。
バスは一日に一本、今のが最終。交通手段および連絡手段なし。極めつけはこの、気の遠くなるような猛暑ときた。歩く気も起きねェ。
もういい、どうにでもなれ。そもそも気が長いタチではない。半ばヤケクソになってベンチに寝転べば、熱がじわりと背中に浸透してきた。家出かと錯覚する大荷物は無造作に足元に転がしたまま。何せあたりは無人、誰も盗りゃしねェだろうとたかをくくって。

(…あちぃ、)

暑い。こんなにも夏を鬱陶しいと感じたことはなかったように思う。ニュースキャスター曰く今年は去年を上回る猛暑、だったか。
夏は好きじゃねェ。理由は単純明快、疲れるからに決まってる。

「決して少なくはない事例なんだよ。だからあまり気に病まず、長いスパンでやっていきましょう」

――好きじゃねェんだヨ、夏なんか。
惨めな感情を助長するだけだと知りながら奥歯を噛んだ。苛々は募るばかりで一向に晴れやしないし、もしかしたらこのままずっと気が晴れることなどないのかも知れない。オレはその術を知らない。ましてや、どこかに転がってるかもしれないそれを必死になって探そうとも思わない。
もう何だって良い。薄く目を開くと太陽の眩さが目に染みた。逃れるように目元を手の甲で覆い、陰った瞼をきつく閉ざす。額に汗が伝った。ふと、ぼやけた頭で思った。こんなとこで寝たら――。

「熱中症になるよ」
「…あ?」
「熱中症。これ飲む?」

何ともなタイミングだった。
緩慢な動作でベンチから起き上がり、声のした方向を見る。先ほどバスが通り過ぎて行った道のド真ん中。地元の学校のものだろうか。セーラー服を着た女が一人、スポーツドリンクを手にしゃがみ込んでいた。

「昨日おじいがそれで倒れたの。でもウチのおじい殺しても死なないって有名でさあ。もう100歳超えてるんだけど、すっごい元気。だから一晩も経たないうちに元気になって、今朝からさっそく畑出てんの。まだまだババアには負けん!だったかな、それ聞いたばあばが怒って朝から夫婦喧嘩。歳なのによくやるよ。
あっ、畑見たことある?おじいのとこキュウリもやってるんだけど、これがまた絶品で」

返事を返したつもりは勿論ない。聞いてもいないことを喋り始めたその女は、こっちが目を背けたにも関わらずまだ話を続けている。

「肌白いね。喧嘩売ってんの?」
「…余計な世話だっつの」
「あ、喋った」
「はァ?」
「もしかして人見知り?髪そこそこ長いけど暑くない?」

話の内容はあっちへこっちへ。きっと考えついたことを思うままに言葉にする類の人間だ。クラスに溢れるギャルみたいな頭の悪そうな口調ではないが、こいつの脳みそと口は直結しているに違いないと思った。
長い、と言われた前髪を指先で引っ張る。隙間から盗み見た(と言っても相手はこっちを見てるのだが)顔には万遍の笑みと表現するに相応しい表情が浮かんでいる。何がそんなに面白いのか。聞こうと思って、しかしオレは口を閉ざした。
どうだっていい。オレは、こいつと関わろうなんて。

「わたしね、みょうじなまえっての。靖友くんでしょ?お婆さんに言われてお迎えに来ました」

思ってもいなければ望んでもいないというのに。
よく出来た偶然に呆れ返ったオレはベンチに背をもたれ、特に意味もなく真夏の空を仰いだ。蒼い。突き抜ける青っていうのは、こういう色彩のことを言うんだろう。

「パンツしまえ」
「えっ、…わっ!早く言って!」

地面に照りつける日差しが網膜を焼く季節。また今年も、長すぎる夏がやって来た。



20140419
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