今日は晴れます、なんて笑顔で宣っていたお天気お姉さんを思い出し、小さく悪態をついた。

「うそつき」

雨だ。どうせ降るなら雨よりも雪がいいと思ったけど、あいにく季節は夏。夏の雨は嫌いだ。じめじめベタベタ、あまり気持ちのいいものじゃあないから。そう思い顔をしかめたら、まるで腹を立てたみたいに雨足が強まった。試しに謝罪の言葉を呟いてみるけどもちろん効果はなくて、嘲笑とともに溜め息が出る。白くなって目の前に現れた二酸化炭素はふわふわと舞い、やがて灰色の雲が立ち込める空に消えていった。

***

「おい」
「何だ」
「雨ふってんぞ」
「…みれば分かる」

向こうを向いた東堂の表情は読み取れない。しかし窓の外を見つめながら腕を組むそいつの声色には、いつものあのうざいくらいの元気はなかった。
曰く、彼女と喧嘩したらしい。まるで魂が抜けたような面持ちでオレを訪ねてきたのがかれこれ二時間前の話だ。喧嘩の理由やら何やらは聞いてねェし聞こうとも思わなかった。こいつらのことだから、おそらく(他人のオレからしたら)些細でくだらないことなんだろう。悩むくらいなら会って謝ればいい。あいつが自分から謝らない性格だと知っているなら尚、おまえが行くしかねェんじゃねーの。
外は土砂降りだ。じめじめとした空気は雨のせいだけではない気がする。ほんっと、世話が焼ける。ひとつ舌打ちをしたオレはコンビニに行くなどと適当な理由を付け部屋を出た。

「荒北くんが電話して来るなんて初めてだね」

あたりにひと気が無いことを確認し、ある人物に電話をかけた。呼び出し音が三回ほど響いたあと、耳に届いたのはどこか透き通った声。
電話の向こうのそれはまだ少しくすぐったい。そいつ、みょうじとはほんの二、三回しか喋ったことがない。ただ、東堂の彼女というだけあって美人だったことを記憶している。さらさらと流れる髪が妙に印象的だった、とも。
元気かと問う声に曖昧な受け答えをすると、機械的なアナウンスがそれに重なった。

「今、駅か」
「うん。雨宿りしてるとこ」
「傘ねェの」
「折りたたみ傘も忘れたし、コンビニも遠いから止むの待ってたの。…やっぱ諦めて走ろうかな」
「東堂に迎えに行かせるから、そこ動くんじゃねーぞ」
「え、でも、」

戸惑う声を最後まで聞かずに終話ボタンを押した。
早足で部屋に戻り、窓に目を向けたままの東堂に傘を一本投げつけた。おせっかい極まりない行為だと言うことは自分がよくわかっている。ほっとけねーとか、んだそれ、偽善者か。笑えねェよ。

「みょうじ、今駅だとよ」
「……そうか」
「つまんねェ意地張ってねェで行け」
「…なまえは…オレに会いたくないだろうからな」
「知るか。まだはっきり別れるって言われたわけじゃねェだろ」
「そうだが、」
「オラ、迎えに行く理由探してる暇あんならさっさと行け。部屋がじめじめすんだヨ」

やっとこっちを向いた東堂は一瞬、躊躇うように視線を泳がせた。そして何か思考を巡らせたあと、近くに転がっていた傘を持って走っていった。「すまん荒北、恩に着る」と。別にオレは礼なんざ求めちゃいない。
ドアが閉まったあと、口から乾いた笑いがこぼれた。どうせ叶わねェなら、気付かないままでよかった。何をするわけでもなくソファーに座り、天井の一点をじっと見据えてみる。休むことなく考えは巡る。行き場のないコレを、いったいどこへしまい込めばいい。オレは、これでいいと自分に言い聞かせながら、気付いてしまったそれを強く内側に押し戻した。



20140810
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