深夜0時、静寂を畏怖。
深夜1時、果てなき暗闇に浮遊。
深夜2時、水中にて渇望。

この場所に親しむこと数年、たいして需要の感じられないプールの水を横に掻く。泳いでみたり浮いてみたり潜ってみたり、それらの行為に理由などありはしない。今もし眠いか眠くないかと問われたならば、間髪入れずに眠いと答える。理由などありはしない。たぶんこれは衝動的なものだ。ずっとこうやっていたら魚になるかも、なんて、柄にもない。服が水をいっぱいに吸い取って、何ともいえない重量感。肌にぺたりとくっつく感触はどこか癖になりそうだった。浅く潜って全身の力を抜くと、身体は重力も忘れてふわふわと漂う。宇宙服もつけずに宇宙に出たとしたらこんな感じなのだろうか。ああ、いくつもの星の間をこの身体一つで飛び回りたい。そしてたまには小さな小惑星で一休みもいい。誰も知らない場所で、のんびり。
水底から水面を見上げ、ぶくぶくと気泡を生産してみる。肺の中から酸素が逃げていくのに、不思議と苦しくはない。ぶくぶく。なんて誰に届くでもないのに、ううん、届けるつもりもないのに呟く。口からこぼれた言葉はゆっくりと水面を目指して、壊れて消えた。何て儚い。何故、脆い。そのくせきらきらと光っていて、酷く美しい。私はまるで吸い込まれるように手を伸ばした。それはきっと、人が天国なんていう不確かなものに思いを馳せるのに似ている。掴んでしまえば地獄、愛でるが仏。欲するは、人。

眠い、このまま眠ってしまおうか。あたまの端でそう思って引っ込めようとした手が掴まれ、ぐい、と引っ張られた。驚いて水を飲み込んでしまい、げほごほと咽せ返る。何が起こったんだいったい。

「…ゆき、なり……」

そこには見慣れた顔があった。銀色の髪から滴を垂らしながら、この前買ったばかりだと言っていたパーカーを水中に漂わせていた。その顔はいつになく真剣で、私の腕を掴む手のひらはやけに力強い。まるで私がどこかに行くのを引き止めるような。自分の元に留めるかのような。

「どうしたの」
「……かと思った」
「?」

何、もう一回。催促すると、低く掠れた声で「おぼれてんのかと思った」と紡いだ。そして小さく溜め息。私の態度からして溺れていたわけではないことを感じ取ると、彼は何も言わずにプールサイドに上がっていった。何でここにいるって、問われたところで私にもその理由はわからない。けれど彼は私がここにいることを知っていた。小さい頃から一緒だからだろうか。雪成は私のこと、私よりよく知ってるんじゃないかと思う。
脳内で自己解決して、頭にタオルを被って服を絞る背中に近づく。プールからは出ない。もっと泳いでいたいのもあるけど、水浸しのまま近寄ったら彼がどんなリアクションをするか、なるほど想像に容易いため。

「助けてくれたんだね」
「うるせーよ。そもそも何でおまえはいっつも……、あー、やっぱ何でもねェ。今更聞いたところでおまえはコレ、やめねェだろうし」

呆れ返った彼は私に乾いたタオルを投げつけた。なかなか勢いのあったそれをキャッチして、とりあえずプールサイドに置いておく。

「服着たまま泳ぐなよ」
「だって気持ちいいんだもん」

馬鹿じゃねェの、彼はそう言ってまた一つ低く笑った。タオルの隙間から覗く銀色が蛍光灯の光に反射している。水滴が一つ、二つ。三つめは頬を撫でるように滑って。いつもはあまり直視することのない瞳を見ると、ああ、また。思わず、手を伸ばしそうになる。

「なに、」
「んー?」
「なに見てんだよ」
「雪成。よく見たら意外とかっこいいのかもって思っただけ」
「は…はァ?意味わかんねェよ!」

手を伸ばしたら、捉えることができるだろうか。捉えたそれはいつか手のひらを擦り抜けて、壊れてしまうんじゃないだろうか。

「帰ろっか」

だから。私は恐れ、甘んじて、この場所にいることを良しとしているのだ。



20140809
大昔書いたよくわからないやつを黒田くんにリメイクしたら尚更よくわからなくなった。
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