山神さんは流れるような手付きで私の手から携帯電話を奪い取り、熟れた様子で終話ボタンを押した。

「携帯返してください山神さん」
「嫌だ。返したら警察に電話する気だろう。あと山神さんはやめろ人の名前みたいじゃないか」

今や知らない人に話しかけられたら迷わず防犯ブザーを鳴らすご時世だ。特に極端な教育を受けた近所の小学生といったら酷い。彼らは知らない大人がちょっと話しかけただけでブザーを鳴らしてくる。山神さんだって、見つけたのが私じゃなかったら迷わず通報されて連行され刑務所で美味しくないご飯を食べる羽目になっていたと思う。
――それにしても。
山神さんは私の知るホームレスとは違って見るからに綺麗な格好をしている。お風呂には毎日入っていそうだし、ご飯もたらふく食べていそうに見える。なのに、どうして。

「どうして賽銭泥棒なんか…」
「してない!」
「いずれにせよお家もなければ仕事もない、社会的地位を失えば現実逃避もしたくなりますよね。そういう方にはハローワークを差し上げてます。ちょっと持って来ますね」
「いやいやいや!だから!違うと言っているだろう!あの中にオレのコレクションの一つが落ちてしまったのだ!!」

私を引き止めた山神さんはお賽銭箱を指差した。半信半疑、言われるがままに古めかしい木箱の中を覗くと、銀や銅のコインに混じって白いものが入っていた。

「コレクションってアレですか」
「そうだ!“かちゅーしゃ”といってな、大切な友に貰ったものだ」

その“かちゅーしゃ”なるものは私の知っているヘアアクセサリーとよく似ている。何だろう、原宿の300円ショップで買えるそれに見えるのは、私の目が悪いからとか、そういうんじゃないと思うのだが。
私はポケットから鍵を取り出して、賽銭箱の鍵を開けた。ハイテクだ何だと山神さんは騒いでいたが、携帯電話を使いこなす奴が何をというのが正直な本音である。

「よくやったぞ娘!これがないと調子が出んのだ!失くしたとあっては巻ちゃんにも怒られてしまうからな…あ、鏡もっと上で頼む」

白いカチューシャをつけた山神さんは、鏡の前でビシッと決めポーズをした。直衣にカチューシャという組み合わせが何ともミスマッチだ。
さて、些か労力を消費するがこのあたりで状況を整理してみることにする。賽銭箱を開けようとしていたのは泥棒ではなく、家を追われたホームレスでもなく、大昔の貴族のような格好をした自称神様。山神というのが本名か偽名かは定かではないが、現代の電子機器を使いこなすナルシストであることは確かで、どうやら巻ちゃんというコスプレ仲間がいるらしい。――私は溜息を吐いた。なんとも雑すぎる設定だ。

「キャラ作りならしっかりしたほうがいいと思いますよ、山神さん」
「…まさかとは思うが」
「なんですか」
「娘、おまえ…まだオレが山神だということを信じておらんのか」
「むしろ信じて貰えると思ったんですか?そっちのほうが驚きなんですけど」

愕然とした表情で後ずさった山神さん。ちょっとかなり結構な確率で頭が弱い様子である。


20140802
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