おそらく人生で初めて、好意を向けられた相手は後輩だった。
彼は口が悪い。ついでに言うと目つきも悪い。部に入りたての頃はまだ素行がよろしくなかったこともあり、彼と関わりのない他学年の部員は距離を図り兼ねていた。しかしまあ、テリトリー内に足を踏み入れてみないと分からないこともある。部活終わりは必ずギリギリまで残って練習をする努力家。何か大切なものを掴み取ろうと必死にペダルを回す姿は、素直にきれいだと思ったり。きっと、彼とどう接していいかわからない部員も、その姿を見れば一つ世界が変わると思うのだ。
そうはいっても、私と彼の関係なんて部員とマネージャー、後輩と先輩という在り来たりなものでしかない。好きだと言われたとき、頭をよぎったのは「何故」という純粋な疑問だった。嫌な気はしなかった。ただその理由となる事柄が、少なくとも私の記憶の中には存在しなかった。

「で、逃げたの?」
「逃げたの」
「意気地なし」

好きだと言われ、流れた沈黙に怯え、踵を返して全速力で廊下を走り去った私である。最もなことを言った友人に対し反論の余地はない。

一日の授業が終わるとすぐに教室を飛び出した。運がいいのか悪いのか、本日、部活はない。つまり彼と学年の違う私は、よっぽどのことがなければ顔を付き合わせることはないわけだが。

「なまえセンパイ」

後ろからの声にビクッとした。
振り向かずとも声の主が誰かなんてわかりきったことだ。
私は校門に向かって走ろうと地面を蹴る。しかし横からの力にそれを邪魔されて、見れば、彼は私が逃げられないように腕をしっかりと掴んでいた。恐る恐る顔を上げ、視線を腕からご本人へ。なるほど、何とも不機嫌そうな顔をした荒北くんがそこにいた。

「何で逃げんだヨ」
「あはは、…き、奇遇ね!なんでここにいるの?」
「はぁ?返事の前に逃げっから来てやったのにそりゃねーだろ」

告白を受けて何も言わずに逃げ出すなんて、まあ確かに「そりゃねー」なと私も思う。しかし、それしか方法が見当たらなかったのも事実だ。ちゃんと向き合わなかったわけじゃない。確かに。私は人様の好意に怖気付いてしまうほどの意気地なしだけれど、その好意を蔑ろにできるほど出来た人間でもないわけだ。

「ご、ごめんなさい」
「何に対する謝罪っすか」
「……どっちも、」

逃げたことも、告白のことも。
二つの意味を込めて伝えると、右腕をつかむ力がゆるんだ。

「わかった」
「そ、そっか、よかった…私なんかよりもっと可愛くて気が利くなんていっぱいいるから、荒北くんにはそういう子のほうが――」
「でもさ、オレ告白とか人好きになんのとか初めてなんだよねェ」

似合ってるよ、なんて決まり文句。笑顔で伝えようとした言葉は見事に遮られ、はてと、私は首を傾げた。多分、今私はとてつもなくアホな顔をしていると思う。

「振られることなんざ想定内だっつの。まぁ、そんな簡単に諦めるつもりねェからァ」

荒北くんは頭の後ろをがしがしと掻きながら、吐き出すように言って私の目を見た。真顔が怖い。思わず後ずさると、ぐいと顔が至近距離、う、あ、近い。

「覚悟しとけよ、センパイ」
「あ、えっと、ハイ」

荒北くんがタメ口なこととか、距離とか、ツッコミたいところは沢山あったけれど、それらは一先ず置いておいて。彼が踵を返したあと、私はその場で立ち尽くしながら思うわけだ。ああ、もう、生返事を返した数秒前の自分にバカヤロウと言葉を贈りたい。



20140801
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