彼が投げ掛けた問いの真意は結局のところ私の中であやふやなまま、もう長いこと時間が過ぎてしまった。

「飽きねェの?屋上」
「飽きないよ」

飽きるか飽きないか、それは写真のことを指し示していたのだと思うけれど、如何せん主語というものがなかったから。私は内側で勝手に解釈して、自分に都合のいい答えを口にした。
言葉の真意を、人の心を、確かめることは心底怖いことだと思う。私が生きてきた時間なんてたかが知れてるけれど、あまり人と深く関わって生きてきたという自覚は微塵もない。友達はいた。ただ、彼や彼女のあれこれを深く知ろうとは思わなかった。あの子は何を考えているんだろう。彼は何を思ってそんなことを口にしたんだろう。考えれば考えるほど思考は底へ底へと落ちて行く一方だ。ならば、考えずに歩いていくほうが心は穏やかに保たれる。いつだって、私はそうやって、多分、逃げながら毎日を過ごしていた。
私が写真の魅力にとりつかれたのもそれがキッカケだったのではないかと、今になって思うことがある。静止した絵画は何も語らない。人の感情は目まぐるしく変化しても、写真は、その瞬間の全てを一枚の平面に押し込めて、永遠に色褪せることさえもしないのだ。

「同じ場所でも、同じ景色なんてないよ。毎日変わるの。空のちょっとした光の加減とか、空気とか、あとは気分次第でどうとでも」

たった一色の色を見据えながら言うと、寒咲くんはどこか合点がいかない様子で相槌を打った。
私はもはや定位置となったその場に腰を下ろす。彼を見れば、レンズの向こうの少し気だるそうなピースサイン。つられて表情筋が緩む。

「寒咲くんを撮るのは少し飽きてきたかも」
「ひっでえ」
「代わり映えないもんね」
「そういうみょうじさんは毎日違うけどな」
「なにそれ」
「オレとしては見てて飽きないね」

独り言でも口ずさむかのように。その視線は空を仰いで、暫しの沈黙の後に私の名前を呼んだ。心臓が跳ねる、なんて大層なことはない。ただ全身を巡る血液が少し熱をもつ、それだけだ。不思議な感覚に満たされていると、寒咲くんは「写真、見して」こちらを向いた。必然的に視線が合う。私はぼんやりと、少し茶色がかった瞳を見つめながら首を横に振った。

「いいだろ。別に見られたって減るもんじゃねェし」
「やなもんはやなの」
「あのね、オレにも肖像権ってモンがだな」
「えっ、寒咲くん肖像権なんて難しい言葉知ってたの?」
「驚きすぎ」

眉を下げて笑う、柔い日差しがコンクリートの地面に反射して、脱色された髪をきらきらと。
あんなに綺麗な色をしていた景色が、時折、背景となって私の目に飛び込んでくる。不思議な一瞬。同じ場所、しかし同じ一瞬は存在しない。思わずカメラを構えると、それに気付いた大きな手が視界を閉ざした。

「コラ」
「はずかしいの?撮られるの」
「そ、ういうわけじゃねェけど…にしても撮りすぎだ」
「私自分の気に入ったものしか撮らない主義だから、」

はたと、自分がとんでもないことを口にした事実を知る。ぎこちなく閉ざした口。弁解の言葉を探したが、随分と火照った思考は心臓の音で掻き消されてしまう。
日の光が陰ったのはそのときだ。頭を上げると、思ったよりも近いところに寒咲くんの顔があって、その目は内側を探るかのように、真っ直ぐに私を貫いて。動けない。動こうと思えばできたのだろう、けれど、身体を捩ろうとか、顔を背けようとか、そういうことは一切考えなかった。
私は、これから起こることを知っていたのだろうと思う。一種の駆け引きだ。唇が触れるまで、私たちはお互いの距離を測っていただけに過ぎない。

「なあ、好きかもつったらどうする?」
「それ聞くの?」

質問に質問で返すと、寒咲くんは、それもそうだといったふうに笑った。

「好きみたいなんだけど」

感情は曖昧でもよかった。例えばそれが彼の勘違いでも、気まぐれでも、何だってよかった。
惹かれてた。そうでもなければ、自ら、きらきらと光る陽だまりの中に足を踏み入れることはしなかっただろう。人の心に触れたいと思ったのは、随分と久しぶりのことのように感じた。



20140727
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