雨の音が室内を満たす。湿気は本の大敵だというが、私はこの季節が嫌いではない。広いフロアに張り巡らされた窓、そこに滑る水滴はまるでキャンパスに一つの絵画を描いているようで、綺麗だなと、在り来たりな感想を抱いたりするわけで。

本人の意思など関係なく「図書委員会」と書かれた紙切れを箱の中から選び抜いてしまったあの日から、早数ヶ月。学校生活にも慣れ、仕事も板についてきた。そうは言っても私に課された役割と言えば、本を貸し出して、返却手続きをして、戻ってきた本を元の場所に返すだけの地味かつ簡単な仕事内容なのだが。
図書委員は昼休みをまるまる返上しなければならないため、休み時間を有効利用したいと望む生徒からは嫌われている役職だ。そんな面倒極まりない仕事をこの数ヶ月休まずサボらずでやってこれたのは、それなりに本が好きであるために他ならない。文学少女を気取って文豪・夏目漱石や芥川龍之介――の著書は難しくて読めないけれど、まあ何だ、東野圭吾とか現代小説なら読みやすいし、それなりに好きだった。
ペラリと薄っぺらい文庫本のページを捲る。本の内容よりも雨の音や椅子を引く音が気になってしまうあたり、私には集中力というものがまるでないらしい。うん、今日もこの本は読み終わりそうにない。

「すみません返却お願いします」
「はーい、そこ置いといてください」

欠伸混じりに言うと、先輩か同級生かもわからない生徒は返却スペースに本を置いて図書室を出て行った。本の返し方に慣れているということは、やはり先輩だろうか。
返却スペースを覗くと数冊の本が山積みになっていた。明日のシフトは委員長だったと記憶している。と、いうことは、本を貯めたまま帰ったら明日お咎めを頂くことになる。私は一つ息を吐き出して、カウンターの上に「席を外しております」と書かれた札を立てた。
本を六冊程度手に抱え、ラベルを眺めながら元の位置に戻して行く。あっちへ、こっちへ、かと思えば先ほど通ったばかりの通路へ戻る。効率が悪いのはいつものことだ。
最後の本を戻そうと通路にひょっこりと顔を出したら、先客があった。覗き込んだ先、薄暗い空間からにょっきりと生えた二本の足。上履きに黒のズボンを履いたそれは紛れもなく烏野の生徒であるが、こんな場所に座り込んでいる人がいるとは想定外だ。まさか病人じゃないだろうな。足音を立てないようにゆっくりと近づく。するともぞりと動く影を目の前に肩を震わせてしまったことは秘密だ。

「あのー、」

ここで寝たら風邪ひきますよ。
図書委員として、そう伝えるつもりで口を開いた私だったが、喉までせり上がった声を発することを躊躇ってしまった。

(うわあ、美人さん、)

よくよく見なくても、この美人さんは今巷で有名な月島くんだ。女の子たちがみんな噂してるから、嫌でも耳に入ってくる名前。話題になるのもわからなくないなあ、顎に手を当てた私は一人頷いた。
すやすやと寝ている彼を起こさないように、私は近くにあった踏み台を静かに移動させた。音を立てないように緩慢な動作で段を上がり、分厚い本を棚に戻す。これで今日の仕事は終わりだ。そう思った矢先、下の方から声が聞こえてきた。

「ピンク」
「へ?」

確かに今私が手にしていたハードカバーはピンク色であったが。何事だと思いながらぎこちなく視線を流せば、えっと、おはようございます月島くん。

「キミさ」
「…え、は、なんでしょう、」
「パンツ丸見え」

何の前触れもなくして落とされた爆弾に、私は目を見開いて固まるしかなかった。
空気を求める金魚さながら口をパクパクとする私の顔が面白かったのか何なのか、薄く意地悪そうな笑みを浮かべた月島くんが立ち上がる。おかしい。私は今踏み台に乗っているはずなのに、なんで目線、ちょい上の方にあるんだ。

「もう小学生じゃないんだから、ウサギはやめたほうがいいと思うよ」

上履きの足音が遠ざかっていく。うそだろ、ふざけんな、そんな言葉が口から飛び出したのは、彼がぴしゃりと扉を閉めて出て行ってしまってからだった。



20140722
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