お願いです神様、どうか。そうやって両の手のひらを合わせて祈ったところで、きっと神様はわたしの願いに耳を傾けることはしないんだと思う。全知全能なる神は世界の全てを見ている、そんな迷言は単なる絵空事だ。神様はわたしのことなんか最初から見てくれていない。だから。
だからわたしも、神様なんて信じない。

***

「なまえー!!」

早朝、時刻は5時。階段の下から母の声が聞こえてきた。はいはい、もう起きてマス。朝から大声ダメ。ぼんやりと眠たい脳みそには些か刺激が強すぎる。
今日の朝ごはんはお米と焼き魚、それから漬物エトセトラ。現代っ子である私は和食がそれほど好きではない。できたらパンが食べたい。以前そんなことを言ったら「神社の娘がなにを言っているか!」と祖父に怒鳴られたので、仕方がなく和食に箸をつけている。無駄な体力は使わないように生きること。それが私のモットーであり、唯一賢い生き方だと思っている。

「いいか、なまえ。この神社には山神様が祀られておるのだ」
「へーえ」
「人間、自然の力には敵わぬ。何時如何なる時も山神様はこの山と人々の安寧を守って来られたのだ」
「お母さん、ご飯おかわり」
「もうないわよ」
「えー」
「こら!無視するんじゃない!」

いいよいいよその話は。物心ついた時から聞かされているのだ。シンデレラよりも山神様、日本昔話よりも山神様、悲しいかな、そんな幼少期を過ごした思い出しかない。今更聞かされなくても空で言えるくらいには聞き飽きてしまった。
ごちそうさま、と手を合わせて席を立つ。白衣に袖を通し、今日も元気に境内の掃き掃除にレッツゴー。
竹箒を手に何の変哲もない一軒家を出ると、裏にある屋代(正確には屋代の裏に我が家があるのだが)からボソボソと声が聞こえきた。こんな時間から参拝とは珍しい。どうもご苦労様デス。心の中で唱えて顔を出すと、そこには白い服を着た人影があった。

「いや重てーよ!…まったく何だ、ここの家主はバカなのか?これでは神であるはずのオレに賽銭も何もあったもんじゃない。取れなければ意味がないだろう」

賽銭箱を開けようとしているのだろうか。箱の端に両手をかけ、ひたすら上に引く姿は中々に惨めである。
ばちんと目があった。男か女か、そのどちらと言われても頷ける整った顔立ち。どこか虚ろにも見える瞳が細く糸を引くように狭まった。

「む、神社の娘ではないか。丁度いい。掃除ついでにこの賽銭箱を開けてはくれんかね」
「……」
「――なんてな。言ってみただけだ。こんな小娘に神の姿が見えるわけがない。昔の巫女には力のある者もいたが最近は不作だな。皆“いんたーねっと”に夢中だ。神社への参拝客など高々知れているし、信仰のない者に高貴なオレの姿が見えるわけないのだ」

神、信仰、高貴な――神?
首を傾げたい気分だった。白く、しかし煌びやかな装束は確かに私の中の神様のイメージと一致する。お蔵にある巻物に描かれたものと同じ其れ。子供の頃から祖父に教え込まれた、山神なる土地神の存在。
ごくりと息を飲んだ。彼あるいは彼女の宣うことが本当なら、とんだファンタジーだ。

「いやいやいや。そんなことあるわけ…せいぜいちょっと頭が可笑しい賽銭泥棒とかそういう類の…」
「何!?賽銭泥棒だと!?む、どこにそんな盗っ人が…」
「いやアンタだよ」
「……お、おまえ、オレの姿が見えるのか?」

恐る恐ると問うその人物を前に私の中に二つの選択肢が生まれる。見当識障害とのことで119番をすべきか、賽銭泥棒かつ変質者とのことで110番をすべきか。懐に入れていた携帯電話を手に取り、ダイヤル画面と睨み合った私は一つ息を吐き出した。

「もしもし?警察ですか?」
「ま、待て待て娘!オレは盗っ人などではない!オレは歴とした山神だ!」

すみません現代っ子なもんで、神様とかそういう冗談ちょっとよく分からないデス。



20140720
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テーマ「人外ファンタジー」
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