流石にランドセルを背負ったガキには見えねェし、何よりセーラー服を着ているんだから中高生だと考えるのが妥当だろうが。しかし、二つばかり年下だと言われても頷くことができる容姿をしている。言っちまえば苦労など少しもしてきたことがないとでも言うような、無垢であどけない顔をした、そんな奴だった。

迎えに来た、と。そう言った女はさっさと歩き出そうとするオレを呼び止めた。
「ここ、乗って」指さされた場所は真新しいママチャリの荷台。露骨に嫌な顔をしてやると、そいつはへらりと笑って口を開いた。

「男の子迎えに行くって言ったらお父さん拗ねちゃって、車出してくれなかったから、自転車。荷物そんなに多くないみたいだし平気だよね」

荷物は適当に抱えるよう言ってサドルに跨る。風に舞った短いスカートの裾に一瞬ギクリとしたが、できるだけ平然を装って視線を別の場所へと向けた。
進行方向に建物らしいものは、一切。続くのは灘らかではあるものの整備の行き届いていない地面だけ。都会に行き交う大勢の群衆を一摘み連れてきたらいい具合に調和が取れるのではないだろうか。
けど、やっぱり何もねェ。そうじゃなくたってオレには、もう。
そうしてぼんやりと余所見をしていたらまた名前を呼ばれた。不思議と名前を呼ばれることに嫌な気はしなかったが、やる気満々のその表情、――どうしたもんか。

「おまえが漕ぐのォ?」
「うん。心配ないよ、荒北くん細くて軽そうだし、毎日もっとすごいの乗せて学校まで行ってるから。中学校はあっちの道をずっとまっすぐ行ったところにあるんだけどね、」
「はァ…代われ」

唐突に言葉を遮られ、そいつはキョトンとした。また終わりそうにない話が始まればさらに数分はここに拘束されることになる。

「オラ、さっさと退けっつの」
「体重のことなら心配ないのに」
「ちげーよ。女の後ろになんか乗れっか」

半ば強引にハンドルとサドルを奪い取り、先ほどそいつがしたように荷台部分を指差した。そいつは暫く渋ったような顔をしていたが、オレの苛つきを感じ取ったのか、仕方ないとでも言いたげに肩を竦めて荷物を抱えて荷台に跨った。
ヒラリ、またスカートが舞った。

「おい、そゆ乗り方すんな」
「そうゆ…?」
「スカート短すぎンだよ」
「…荒北くん、お父さんよりうるさい。照れるなら言わなければいいのに」
「っせーな!さっさと乗れ!」

後ろは確認せずにペダルを踏み出したら、そいつはカエルが潰れたような声を上げた。まだちゃんと乗ってなかったとか、ンなこと知るか。余計なことばっか言ってチンタラしてる奴のほうが悪いんだヨ。
真夏、炎天下。平坦な道に日陰はなく、太陽がジリジリと地面を焦がしている。遮るものこそない反面、灼熱から身を守るものも当然ながら。風ひとつ吹かず、熱が一箇所に滞るこの陽気。スピードを上げれば上げただけ生温い風が身体に纏わり付く。都会の焼けたアスファルトとはまた違う、草木の匂いが鼻を掠める。
じわりと額に汗が滲んだかと思えば、それはツツと首筋を伝った。暑い。溶けそうだ。空の眩しさに目を細める。そのとき、ジワリと汗が滲んだ背中に頭が凭れかかった(別にビビってなんかねェ)(ただ、突然のことに驚いただけだ)

「わたしたち初対面だよね」
「…そーだネ」
「話しやすいのは気のせい?」
「気のせいだろ」
「初めて会った気しないかも。もしかしたら案外、小さい時に会ってたりしてね」

バァカ。ンなもん今時少女漫画でも起きねえよ。使い古されたネタだ。それに、もし仮にオレがおまえと会ってたとして何になるんだっつの。恋でもするわけェ?笑わせんな。――けどまァ、

「げっ、今んとこ右じゃねェか」
「あ、うん、みぎ」

話しにくいってことはない、と思った。強いて言うなら、この、人の中に土足で踏み入るかのようなデリカシーの無さが若干気に障る程度だ。きっとこの女のパーソナルスペースは想像以上に狭いに違いない。
自転車の向きを変えて細道を曲がる。どうしてこの道が近道だと覚えていたのか。自分でも不思議だったが、なんせ記憶というのはえらく気まぐれなもんだ。夏の暑さに乗じて、ガキの頃の記憶が無意識のうちに呼び起こされた。今日みてーな暑い日のことだった。疲れたと泣き喚く妹の手を引き、この細道を歩いてばーちゃんちに帰ったのは――。
自転車がギリギリ通れるくらいの細道を抜けると、古びた屋敷の裏門のあたりに出た。ブレーキをかけるより先に自転車を飛び降りた女は、ヒュウと口を鳴らしてばーちゃんちを見上げた。

「いつ見てもでっかいなー」
「普通じゃなァい」
「普通じゃなーいよ」
「…てめえ」

やめろという意味を込めて睨みつけたはずが、女はさして動じた様子もなくへらりと笑った。そしてオレの荷物を持ったまま、遠慮なく裏門をこじ開けて。

「おばあちゃんただいまー!荒北靖友くん連れてきたよ!」
「あっ、おい!チャリどーすんだよ!」
「そこ置いといてー!」

ったく、これじゃどっちが孫なのかわからねェ。オレは盛大に舌打ちをして、さっさと先に行くそいつの背中を追いかけることにした。



20140628
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