あなたはとても甘いので、


「あ、おはよ。あーや」


自室のふすまを開けると、そこにはしっかりと普段遣いの上品な着物を纏ったなまえ先輩が、腕いっぱいに何かを抱えてニコニコと笑っていた。


少しだけ、そうほんの砂利一つ分くらいの疑問が生まれるが、そんなことより朝から先輩に会えて嬉しい。

そう思ってなまえ先輩に駆け寄れば、先輩は蕩けそうに甘い笑顔になって手を広げ・・ようとして、自分の腕の中のものの存在を思い出したようだった。ざーんねん。


「あーや、おはよ」

「おはようございます、なまえ先輩」


こう見えて先輩は挨拶にうるさいから、素直に返す。
彼女はまた手を動かそうとして、けれどそれが出来ない原因たちを恨めしそうに睨んだ。たぶん、頭でも撫でるつもりだったのだと思う。またまた、ざーんねん。


「あのね、これをあーやにもと思って」

「饅頭ですか?」

「お饅頭だけじゃなくて、大福もあるしボーロもあるよ。っていうか、よく食べ物だって分かったね」

「なまえ先輩のことでしたら、割と何でも」

「なんという殺し文句!」


あはは、と軽快に笑いながら、先輩は足で器用にふすまを開けた。

きっと立花先輩あたりは小うるさく注意するんだろうなと思うと、なんだか気分が悪くなったから、わたしはそんな口うるさくはしないんだと思考の転換を図った。


鳥は自由に飛んでいるのが綺麗。
そしてその誰にも捕らえられない自由な鳥が自分の元にやってくる。
他でもない、自分だけがその羽に触れられる。

それが至福という物だ。もっとも、その幸せを知っているのはわたし一人で充分。


そんなことを思っている間にも、自由な鳥ことなまえ先輩は着々とお茶会の準備を始めていた。

一応ここはわたしと滝の部屋なのだけれど、先輩は何かにつけて頻繁にやって来るから、すでに勝手知ったる場所になっているらしい。

しばらく見ない間に、もうすっかり湯気を立てたお茶まで用意されている。
一体何時の間にその熱いお湯を持ってきているのかは、滝が言うなまえ先輩七不思議の一つ。


「準備完了!おいでー、あーや」

「はぁい」


呼ばれて、先輩のすぐ隣に腰を下ろすと、今度こそ先輩はわたしの頭を撫でた。
少しがんばって腕を伸ばしているようだったから、ぽすんと先輩の肩を枕にしてみたら、思いの外温かい。そして思いの外、先輩の顔が甘い。


「あーや可愛い」

「先輩も可愛い」

「あーやあったかい」

「なまえ先輩のほうが暖かい」

「あは、本当あーやは素敵だね」

「喜八郎は先輩が好きです」

「あたしも、あーやが好きだよ」

「おやまぁ。両思い」

「両思いだね」


ふふふ、となまえ先輩が嬉しそうに笑うから、わたしも嬉しい。

結い余した先輩の髪が、笑う度に小さく揺れてわたしの頬を掠っていく。

どうにもくすぐったい気持ちになって、わたしも笑う。

わたしを見て、先輩がまた一層の甘さをもたせて笑う。


しあわせ、しあわせ。



居心地のいいなまえ先輩の肩の上に頭を乗せたままどうにも動けないでいると、なまえ先輩が皿の上の饅頭に手を伸ばした。

先輩は手に取った饅頭を一口自分で食べると、美味しそうに口にくわえたまま再び皿に手を伸ばした。

そして今度はその饅頭をわたしの口のほうへ。
わたしはやっぱり先輩から離れない体制のまま、それに噛み付いた。
ん、美味しい。


「ん、ふぇんふぁい」

「んぐ。なにかな、あーや」

「ふぁんほーひほめへほーほふぁいまふ」

「・・・うん。ちゃんと嚥下してから喋ろうか」

「ふぁい」


もぐ、ごく、もぐ、ごくん。
もらった饅頭を、美味しく、言われたとおりに嚥下してから、もう一度口を開く。


「お誕生日おめでとうございます、先輩」

「・・・わ、知ってたの?」

「なまえ先輩のことでしたら、割となんでも」

「あは、違いない!うん、ありがとうあーや!」


そう言って、なまえ先輩はめいっぱい甘く笑った。

これはいけない。溶けてしまう。


「え、ちょ、あーや?何で舐めるの?」

「溶けます、先輩」

「え?!」

「甘くて、溶けてしまいそうです」

「・・・あたしは、あーやのその台詞が甘すぎて蕩けそうだよ」

「先輩が蕩けたら、わたしが全部舐めてあげますから安心してください」

「うん、ありがとう」


先輩に感謝されたから、もう一度さっきと同じ頬をぺろりと舐めてみた。

きっと先輩の前世は砂糖菓子なんだというくらいに、甘い気がした。


「先輩」

「なーに?」

「お誕生日おめでとうございます」

「・・・うん、ありがと。今年もあーやと一緒に過ごせるといいな」

「・・ずっとがいいです」

「じゃあずっと。ずっと、あーやと一緒がいい」

「はい。ずっと一緒です」


わたしがそう言って頷いたときのなまえ先輩の顔は今度こそ本当に溶けそうだったので、もう一度頬を舐めておいた。



   あなたはとても甘いので、







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