別れて廻ってこんにちは。



桜が咲く頃の卒業式?そんなの嘘だ。
周りにはまだ、咲いてない梅さえあるというのに。


何の花弁も舞い散らない並木道の下で、私はカメラを構えた。

ズームしないと顔の判別がつかないくらいのところに先輩方がいて、涙ながらに友人と門出を祝いあっているのが見える。

それをファインダーに入れ、小さくシャッターを切った。
カシャリ、の聞き馴染んだその音が切なく聞こえてくるとは、どうやら私も相当センチ入ってるらしい。


「『涙の卒業』、か?」

「そんなベタなタイトルはいりませんよ、仁王先輩」

「ほぅか」


クックッと喉を鳴らすような独特の笑い方をする知り合いは、生憎と仁王先輩一人だけだから、後ろからの声に振り向かずに応えた。


「お前さん、まだテニス部専属で写真やるんか?」

「もちろんです。私は引退するまで男テニ専属だって、元部長からさっき釘さされたところです」

「ほぅか」


先ほどと同じ言葉をもう一度呟いて、仁王先輩はため息を吐いたらしかった。
その音になんとなく振り返ってみると、彼はいつもよりすこしだけ真面目な顔をして、笑っていた。彼の顔に、喉を鳴らす笑いにぴったりの、あのチェシャ猫のような人を食ったような笑顔でない笑顔が浮かぶのは年に数回だ。


思わずカメラを向けようとして、やめた。


「・・・珍しいですね、邪気のない笑顔なんて」

「おや?撮らんのか?」

「いいんです」

「ふーん?」

「だって、写真にとってしまえば、それは複製可のありふれたものになってしまうでしょう?仁王先輩の笑顔は、貴重でないと」

「ははっ、面白いこと言うのぅ、憐ちゃんは」


私はわずかに息を呑む。彼がそうやって私のことを呼ぶのは、随分と久しぶりだったからだ。


「・・・どういう心境の変化ですか、先輩?」

「んー?・・別に」

「心臓に悪いです」

「止まったら謝る」

「それだけで足りると思ってるんですか。とうとう脳まで海栗にやられましたか先輩」

「脳までってなんじゃ。海栗ってどういうことじゃ」

「さあ?」

「・・・まったく。相変わらずじゃのう、お前さんは」


お前さん、と呼ばれるとやはりしっくりときた。

それが彼らしいし、私らしいのだ。
あるとき以来ずっと、もはや私の名前すら忘れているんじゃないかと思われるくらいに、仁王先輩は私をそう呼び続けてきたのだから。


「・・・なあ、憐」

「・・・・・なんですか」

「お前さんからの告白断って、1年以上経ったのぅ」

「・・・人の古傷に塩ぬって楽しいですか、先輩」

「まぁ人の話は黙って聞きんしゃい。でな、それを踏まえたうえで俺から言いたいことがあるんじゃが」

「・・・ある程度なら、聞きますよ。今日は先輩の晴れ舞台ですしね」

「あんがとさん」


と、そこまで言って、仁王先輩はまた息を吐いた。

それは彼が緊張したときによくやる癖の一つなのだと、以前に柳生先輩が言っていたのを思い出す。


「なあ、俺、憐のことが好きじゃ」

「・・・最後だからって、言っていい冗談と悪い冗談があるんですよ」

「本気じゃ」

「なら尚のこと性質悪いです。どういう風の吹き回しですか」

「鈍感ですまんかった」

「・・・馬鹿ですか」

「馬鹿です」

「・・・本当に、心臓に悪いです」

「すまん。止まったら、俺も後追っちゃるから」

「要りませんよ、そんなの」


あぁもう今まで何度か馬鹿じゃないのかこの先輩と思っていたが、本当に馬鹿だ。

こんなときになって、こんなところで。
今からいざ別れようとする式の日に、そんなことを言うだなんて。


「憐ちゃん。期待はしちょらんが、返事、くれんか?」

「・・・」


けど、上には上がいるというのは本当で、まさかこの馬鹿な先輩よりも馬鹿な人間は居まいと思いはするのだが、どうやらその意見は否定されるらしかった。


「・・・私もまだ好きだったみたいですよ!馬鹿仁王先輩!」


一度きちんと諦めたはずの恋が、こんな陳腐な言葉でまた胸の奥が燻りはじめる私が、きっとこの世界で一番の馬鹿なのだ。




  別れて廻ってこんにちは。

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