甘える
ねえ、と話しかけてきたその人に、なあに、どうしたの、と殊甘い声で応えてやる。
見やれば、男前をへにゃりと緩んだものへと変えているその人がすぐ後ろに控えていたので、もう一度、なぁに、と尋ねてやった。
「なーんでもない」
「どうしたの、佐助ったら。今日はまた甘えん坊」
「そーお?いつもと一緒じゃない?」
言われれば確かにそうかもしれなかった。いつもこんな様で甘えてきては、ねぇねぇとまるで幼子のように私を呼ぶのだ。
この人は周囲に絶対こんな姿見せない。
いつも飄々として、きっちりと仕事をこなして、薄給に嘆く男前。それが猿飛佐助だ。
だのに、どうも恋人である私の前だけではその仮面を脱ぎ捨てるらしかった。
「ねぇねぇ」
「なぁに、どうしたの。佐助」
「なんでもなーい」
跳ねるような口調で言って、その人はまた私の胸元へと顔を埋めた。
べつに、いいけど。
心の中だけで呟く。
そう、ほかの人に見せない面を見せて、思いっきり甘えてくれるんだ、嬉しいことじゃないか。一体どうして私の心は、不機嫌げに口をとがらせているの。
いいえそんなの分かってること。
「さすけ」
「んー?」
「…なんでもない」
あなたは決して、どうしたの、憐と応えてくれはしないからだよ。
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