雨宿り
朝から曇っていた空が、ついにぽつぽつと小さな粒で泣き出したのと、わたしがいやにきびきびと動かしていた足から全くの力が抜けたのはほぼ同時だったように思う。
彼にしっかりと別れを突きつけたその帰り道、気力と意地だけでどうにか歩いていたけれど、もうとっくに限界だった。
これは雨粒だからと言い訳をして、顔をグシャグシャにしてとうとうその場にへたりこんでしまった私は、もうどうしようもない程ひどい様なのだろう。少なくともいい年の女のすることじゃない。分かっていても、立ち上がるだけの力はどこからも湧いてこなかった。
傘は持ってない、それにどうせ大した服でもない。いっそそれなら周りがヒくくらいに濡れてやれと妙な意地が出て、そうすればもうなにも気にならなくなってしまった。
ひっくひっくと、ときどき嗚咽が溢しながら背中を丸める。
そう言えばここはどこだろう。どこかの公園だけど、それすらどうでもいいかも知れない。
「・・・大丈夫っすか」
ふと雨が止んだ。
少し考えてから、それがこの低い声の主が差し出してくれた傘によるものだと気付いて、慌てた。
「だい、じょうぶ。お気に、なさらない、で」
「けど」
「だいじょぶ、…ごめんなさい、ありがと、」
う。と続けて男の人を見れば、ぼんやりと滲んだ視界の中でもたしかに見覚えのある人がそこに立っていた。
「あ、やっぱり憐先輩や」
中学のときの後輩が、最後に会った時よりも成長した姿で、優しそうな笑みを湛えて私に傘を差し出していた。
「ひかるくん」
「まさかこんなとこで出会えるとは思ってなかったっすわ。先輩、立てれる?」
「たて、ない。こんな、みっともないカッコで再会なんて、ごめ、ごめんね」
「ええですよ、そんなん。会えて嬉しいから、それだけで」
ああ、彼はいつの間にこんなに優しく成長したのか。会わなくなって数年が経ったことを改めて突きつけられたような気がした。
相変わらず光くんは私に傘を差し出していたから、彼の背中が濡れている。
私はそんなことしてもらうだけの価値もないのに、そう思うとまた少しだけ収まっていた涙がこみ上げた。
「ああ、ああ。また泣いてもうた」
先輩あんま変わってへんな。
そう言って困ったように笑う光くんに、もう私はどうしたらいいかわからなくってますます顔を歪ませる。そんな私の肩を穏やかな、けれどしっかりとした力で抱き寄せると、っしょ、と小さな掛け声で、ヘタれる私と共に無理やり立ち上がった。
「こないなとこで濡れとったら風邪ひくし、とりあえずウチであったかいモンでも」
「え、そんなわけには!」
「優しい憐先輩は、せっかく会えた後輩とこのままバイバイするつもりっすか?」
ちょっとだけ見せた意地悪な顔は、ズタボロな私の懐古心にひたりと触れて、離さない。いいやそんなの言い訳で、実は最初からこのカッコイイ後輩くんとの再会を喜んでいるわたしがいて、つまりは最初から私の答えは決まっていた。
一瞬の間を開けてふるふると首を振る私に、光くんは満足そうに微笑むと、抱き寄せた肩をそのままにゆっくり歩き出した。
「雨止むまで、ウチにおったらエエ」
光くんがそう言って私の頬に伝う水滴を拭うから、私はもうただこの雨が枯れるまで甘えようと思うのだ。
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先輩のことが相変わらず好きでいた財前と、それを感じ取りながら知らんぷりで甘えるダメな大人。
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