不死ということ



手を繋ぐだけでドキドキした二ヶ月前。
心臓が過労で死ぬんじゃないかと思いながら、そっと唇を合わせた三日前。
この次は、きっと死んじゃう。あまりの恥ずかしさと、緊張で私はきっと死んでしまう。

雅治だってそれは同じだといっていたから、もしかしたら次のステップに進んだとき私たちは揃って死んでいるのかもしれない。

死んじゃったら、あの世でずっと一緒にいる?と笑って聞いた私に、雅治はなんだか妙に真剣な顔で少し沈黙して、プリッと鳴いた。
その前にまずこの世で目いっぱい楽しみたいけどね、と一応釘を刺しておいた。うっかりすると私は物理的暴力で雅治に殺されてしまいそうな気がしたのだ。


冬の雪に包まれながら、私は彼と手を繋いでいた。彼の手は驚くほど冷たい。けれどその温度にももう慣れた。末端冷え性の私と違って、彼はまず基礎体温がとても低い。雪よりは暖かいからいいじゃないかとよく分からない意見を主張されてしまえば、納得するしかなかったのだ。私は基本的に語彙力がない。

町は、とても静かだった。


「憐、行ってみん?」

「どこに?」

「あの杉?だか、松?だかの木のところ」

「あぁ。あれは、桜だよ」

「木の区別なんぞつかん。なぁ、行ってみん?」

「いいよ。行こうか」


誰も私たちに干渉しない街中を歩いた。
私たちが喋らなければずっと沈黙を貫く、そんな街を二人で歩いた。


桜の木とは私の家の近所にある大木のことで、雅治はずっとそこに行って見たいといっていたのだけれど、今の今まで行ったことは一度もなかった。歩けばすぐたどり着く場所なはずなのに、今日はやたらと遠く感じた。


「憐、もし二人で中に入れたら、どうする?」

「・・・いいかもしれない。そしたらもういっそ、そのなかでずっといようよ。二人だけだよ」

「そう考えると、いい気がしてくるのう」

「でしょ」


目の前に杉の木を見据えた静かな世界で、二人だけがくすくすと笑う姿は、いかにも不気味だった。けれど私たちは満たされていたと此処ではっきり言っておく。


「じゃあ、せーので歩いてみようか」

「どっちか一人ごつんってなったら笑える」

「え、もし私がごつんってなっても笑わないでよ?!」

「保障はできんのぅー」


ごつんとなるところを少し想像してしまって、当たってもいないのに額が痛んだ。
そんな私を見て、雅治はひとつ「悪ぃ」、と謝って、握った手に力を込めた。


「んじゃ、行くか」

「・・・そうだね」


「せーの」



そうして世界は何の音も生み出さず、静かになった。






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川端康成著『掌の小説』より『不死』

11/12/11 2010年仁王生誕祭より移動
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