わたしだけのあなたでいて
本日の天気、曇り。
デート日和とはいえないけれど、日光嫌いの彼にはぴったりの天気だとメールすると、「今から出る」と、私の話をまるっきり無視した返信が返って来た。
私も今出た。それじゃ、後で会おうね。
そんな感じのメールを返して、私は自宅のマンションのエレベーターにのった。
家は、私のほうが待ち合わせ場所に近い。
だから当然、私がそこについたとき、そこにはまだ鳩しかいなかった。
さむいなー、と、ふわふわしたコートの中に首をうずめる。外の空気シャットダウン。肌触りのいい内生地でだんだんと温まっていく首もとの温度にほぅと息を吐く。
私はバッグから時間つぶしようの文庫本を取り出して、できるだけ外気に肌を晒さないように指先だけで頁を捲っていく。私の暇つぶしはいつもこれで、それはいくら久しぶりに会う雅治が待ち人であろうと変わらない習慣だ。
「ふはぁー・・・雅治は今日は遅刻しないかな」
雅治は遅刻魔。たいてい待ち合わせの10分後に「いやー、すまんすまん」とか言って小走りにやってくる。それがなんとなくかわいいから、わたしも「いつものことだね」と一言嫌味を言うだけで終わらせる。しかしそれは1年も昔のことだから、もしかしたらその悪癖はもう治っているかもしれなかった。
本の頁が12ページ進んだところで、私の携帯がブブブと震えた。メールが着たみたいだ。
「えっと・・」
ポケットから携帯を出して、「新着メールアリ」と書かれたアイコンを押す。
差出人は予想通りの雅治で、肝心の本文は。
「・・・『よ。』?」
「っ、憐ー!」
「うわきゃわうっ!」
どん、ぎゅー。
いきなり背後からタックルされ、そのまま抱すくめられた。誰、なんて聞くまでも無い。一年前と全く変わらない暖かい手の平と、仄かに香る彼の優しい香り。香り自体は、男性らしいコロンのものなのだけれど、彼が使えば少し女性っぽい繊細さも感じさせる。その大好きな香りに包まれながら、そういえば一年前もよく抱きしめてくれたなぁ、なんて。
「まさはる、」
「憐、憐」
「も、すごいビックリした。いきなり、だって、メールに気とられてる間に、ひど」
「プリッ」
「もー・・・会ったら最初に何言おうとか、色々考えたのに、全部忘れちゃったじゃん」
「プピッ。・・・憐、久しぶりじゃ」
意味の分からない雅治の鳴き声さえすごく懐かしくて、いやな笑顔でにやりと笑ったあとに、すぐに優しく溶けるような微笑みをくれるのも最後に会った時と変わらない。なんだか無性に泣きたくなったけれど、仁王がとても幸せそうに笑っているのに、その腕の中で泣いてしまうのはよくない。泣くのも笑うのも、幸せには違いないから、雅治に合わせて笑っておく。
「・・うん、ひさしぶりっ。ずっと会いたかったよ」
「俺も。ずっと、寂しかったぜよ。憐、憐ー」
「ちょっと腕苦しい、雅治」
「知らん。会いたかった。好き、好き。大好き」
「私も、好き。会いたかった!」
会いたかったと好きを、お互いに何回も繰り返す。
後ろから私を抱きしめていた雅治は、一度身体を離して、もう一回、今度は正面に向き合う体制で私にくっついた。
「好きー、雅治」
もう私はその言葉を言うしか機能を持っていない人形のように、幸せをかみ締めながら彼の腕に甘んじた。
キスはしないでも、この体のぬくもりだけで十分。
そう言うと、雅治は少し複雑そうな顔をした。彼は、キスもしたい、と言った。いいよ、と答えると、幸せそうな雅治の顔が降りてきて、額と瞼と頬に一回ずつ触れて、静かにまた離れた。
「今日は、ずっと一緒じゃ」
「うん、めいっぱい楽しもうね」
そうしてふたり、手を繋いで歩き出す。
わたしだけのあなたでいて
(せめて今日だけは、)(ずっと俺だけをみていて)
11/12/11 2010年仁王生誕祭より移動
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