先生と恋をする!2



*そんなプリントありましたっけ。


「仁王せんせー!おはようございまーす!!」

「ん、おはよーさん」

「先生、私ちゃんと宿題やってきたの!偉いでしょ?」

「どうせ答え写したんじゃなか?」

「そんなわけないしー、ひっどいなぁ、先生ったら!」


朝から賑わってると思ったら、なんだ仁王先生か。


仁王先生は、先月、産休でお休みになられている隣のクラスの担任の先生の代わりに赴任された先生で、担当は数学。ちなみにうちのクラスの数学の授業も受け持っている。


その仁王先生だが、ざっくりいってものすごいイケメンである。しかも昨年大学卒業したばかりとかで、とても若い。そんな若い先生がなんで行き成りここの教師になれたかというと、偏にコネクションの問題らしい。どんなものかは、知らないけれど。



と、此処まで人気者仁王先生についての情報をつらつら並べてきたが、私にはそんなことより気になるものがある。


「ねぇ、プリントって何の話?」

「え、ナマエ忘れたの?今日数学の宿題プリント提出じゃない」

「・・・・あっれー・・」

「あーあ、精々仁王先生に嫌われてらっしゃい」

「うっそーん!」

「あぁ?なんじゃ、ミョウジは宿題忘れたんか?」


私が友人に情報を確認している間に、そのある意味で不穏な会話を耳聡く聞きつけた仁王先生が、気配もなく私たちに近づいていたらしい。

予想外に近くから聞こえた声に、私と友人は揃って肩を跳ねさせた。


「うわ超地獄耳!スミマセン、内職で答え写して放課後提出するんで許してください!」

「却下じゃ。今日は居残りな」

「うっそーん!」


本日二度目の悲痛な『うっそーん』にも、仁王先生は心底楽しそうに笑うだけだった。



*  *  *  *


そして放課後。
普段は誰も使わない空き教室に、私と仁王先輩はいた。

その教室には二人だけで、廊下にも他の人間の気配は無い。若干の隔離状態だ。


「じゃ。放課後特別授業でも始めようかの」

「・・・へぇい」

「なんじゃ、気の無い返事やのう。ほれ、もっとしゃきっとしんしゃい」

「だって先生、今生徒会がどれだけ忙しいか知ってますか?私が今日締め切りの書類をいくつ持っているか、知ってますか?」

「とりあえず、そのうちの一つじゃった俺の宿題をスッパリ忘れちょったのは知っとるよ」

「うわぁ、さっさとやっちゃいましょう仁王先生!」

「・・ばつが悪くなるとすぐ逃げるのう、お前さん」

「賢い生き方をしてるんですよ」

「違いない」


そこで、会話はいったん途切れた。

仁王先生は相変わらずの笑い方で喉を鳴らしているだけで、その手イン持った居残りの課題プリントとやらを配る気配はない。まだ話さなければならないことがあるのか、それとも私を自由にする気はない、という意思表示なのだろうか。


「・・・あの、先生。早くプリントくれませんか?」

「なんでじゃ?」

「早く自由になりたいからです」

「まぁまぁ。別にプリント解かんでも、5時になれば解放しちゃるよ。じゃから、先生とゆっくりお話していけ」

「それはありがたいですけど、その発言はそこはかとなく気持ち悪いです」

「プリッ」

「あ、それ・・・」


拗ねたように顔を逸らしながら仁王先生が呟いた擬音に、私は少しばかり心当たりが合った。
それは、立海の生徒だった兄が時々言っていた、所謂「何でも語」だったのだ。


「?なんじゃ?」

「いえ・・・兄も使ってたなぁ、って」

「あぁ・・そりゃ、これはアイツからうつったもんじゃし」

「・・・発祥は兄だったのか」


正直なところ、そのアホみたいな言語の産みの親が自分の実兄だと知って微妙な気分である。
仁王先生が発信源だったなら思う存分それを貶すことができたのに、逆に自分の汚点を暴露されたような気持ちだ。


「プッピーナ。・・・この言語をバカにしちゃいかんぜよ」

「あ、そういえば幸村先輩が『プッピーナって意味わかんない!』って嘆いてたらしいですよ、かわいそうに」

「・・・」

「けど、仁王先生に似合ってますよ、その擬音達」

「ん、あんがとさん。・・・って。どういう意味じゃ、それ!」

「まんまです。あ、そろそろ5時になるんで失礼しますね。それでは!」

「ちょっと待て!おいコラ、ナマエ!」


と、私はそんな仁王先生の制止の声など全く聞こえなかったことにして、速やかに教室を出た。それはもう、春風のごとき軽やかさで。

そのままの速度で生徒会室にまでたどり着き、先ほどの出来事をゆるゆると反芻しようとしたところで、気がつく。



仁王先生、さっき私の下の名前を呼んでやしなかったか。


なんと。


「・・・数週間で下の名前まで覚えてるなんて」


案外と仁王先生はスゴイ奴なのかもしれないな、なんて、酸素のまわらない頭で考えた。



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