少年少女と夏休み



じりじりと照りつける日光と、まるで作り物みたいにたかく盛り上がる入道雲。公園の近くには、虫取り網をもった男の子達がいて、公園で蝉を捕まえるのか、それとももっと山のほうに行ってカブトムシを取りに行くのか、ともかく楽しそうに友達とはしゃいでいた。

私はそんな夏の風景を2階の大きなガラス戸越しに眺めて、笑ってしまった。
私たちにも、そう遠くない過去に、あんなふうに無邪気にはしゃいだ時期があったのだ。
今とあわせて考えると、あまりに似合わない気がして思わず笑ってしまったが、彼と一緒にカブトムシを捜しに行った思い出は、確かにあった。随分アクティブな子供だったのになぁ、なんて、まるで今は子供ではないかのような考えだ。


すると、視界の隅でのそのそと大きなクマみたいに歩いてくる人影が見えた。


「憐、」

「雅治。おきた?」

「流石にこんだけ寝たらのう」

「君は夏休み満喫しすぎだよ。一体何時間寝たと思ってるの」

「んー、・・・15時間くらい?」

「それに加えて、昨日は昼寝もしてたでしょ」

「えーじゃろ。夏休みがあるんは、子供の特権じゃ」


そういいながら、雅治は大きく伸びて、欠伸をした。まるで猫みたいだと笑えば、彼も笑って、「にゃあ」と鳴いた。かわいい。


「私、次生まれ変わるなら猫になりたい」

「ほほう」

「ペットの猫になって、ゆるーく暮らしたいな」

「じゃあ俺はまた人間に生まれるとしようかのう」

「へー?いっつも『人間なんて面倒じゃー』っていってる雅治らしくないね」

「仕方なか。憐がペットの猫になるんなら、俺が飼うしかないじゃろー」

「おー、飼ってくれるの?」

「俺以外が飼うのは許さん」


全然そんな雰囲気でもないのに、いつの間にか後ろに立っていた雅治がぎゅうっと抱きしめてきた。わきの下からお腹のほうに腕を回して、おへその前で手を組んでしまったので、私は思わずお腹を引っ込める。危ない、ウエストがバレてしまう。


「んー、憐」

「雅治、暑いよ」

「じゃあクーラーの温度さげる」

「環境に悪いでしょ!」


このノットエコボーイめ!と睨んでやると、しょんぼりされてしまった。雅治は、私が彼のそんな表情に弱いと知ってやっているのだから性質が悪い。

雅治は私にくっついたまま、器用にエアコンのリモコンを操作して設定温度を下げた。ピピ、ピピ、ピピ。雅治のやつ、3度も下げたな。


「猫じゃったら、ずっとこうしていられるんかのぅ」


エアコンを弄って、離れる理由はなくなったとばかりに、一層強く抱きついてくる雅治が、不意にそんなことを言った。


「そうかもね」

「じゃあ俺も猫になるか」

「常に毛皮で、夏はきっと暑いだろうね」

「・・・・やめる」

「意志弱っ」

「うるさい」


私の肩に顔をうずめて、額と目をこすりつけるように頭を左右に振るものだから、彼の、寝起きで更にふわふわしている銀髪が首筋に当たって、くすぐったい。


「雅治」

「暑いって言うんなら、また温度下げるぜよ」

「寒いのでやめてください」

「じゃあ我慢しんしゃい」


そう言ったきり、雅治は黙ってしまった。
黙って私の肩に頭を乗せたまま、その場に座り込もうとする。これを好きなようにさせていると、彼は私の都合も考えずにしゃがんでいくというのは既に学習済みなので、私は先手を取って自ら腰を下ろした。雅治も、それに続いて私の後ろに腰を下ろす。


「ねぇ、雅治」

「ん」

「今から、虫取り行く?」

「んー・・」

「夏休みが子供の特権なら、虫取りは子供の義務だよ」

「えー」

「ほら立て、運動部!」

「へいへい」


とか言いながらも、全く立つ気配のない雅治。ついでに私の肩から頭を離す気もないらしい。


「・・・雅治ー?」

「んー・・なぁ、虫取りは明日にせん?」


行く気はあるんだ、と、こういう誘いに雅治は梃子でも動かないと思っていた私は声には出さずに驚いた。


「今日は猫な気分じゃ。にゃー」

「雅治、猫似合うね。かわいい」

「にゃー」


雅治はもう一度少し嬉しそうな声色で鳴いて、また額をこすりつけてきた。


「明日は虫取りね、運動部少年」

「・・・にゃー」


後ろの彼は、また鳴いた。





  (子供の特権、満喫中)



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