さん



私がマツバさんの屋敷に暮らし始めてから、もうすぐ1月がたとうとしている。


その間色々あったが、一番大変だったのはマツバさんに私がホウオウとは無関係であると納得してもらうことだった。

なにが起こったのか、私が落ちてきたとき、私は手にホウオウの羽根・・・すなわち、虹色の羽根を持っていたらしいのだ。当然身に覚えの無い私は、ホウオウなんて知らない!と主張したのだが、そんなことで納得するホウオウオタク、基、マツバさんではない。何日もかけてホウオウとの関係を否定し続け、ようやっとマツバさんが折れてくれた感じである。
それでも、いまだ私を疑いの目で見ている気がするのは、私の勘違いではないはず。そう熱心に詰め寄られても、知らないものは知らないので、最近はその視線を無視することに決めている。私はあくまでマツバさんの「好意」によって保護してもらった立場の人間なのだ。文句は言うまい。

しかも彼は、只の親切心で保護を申し出た訳ではないだろう。私がホウオウとの繋がりを匂わせるからだ。言い換えれば、彼がホウオウマニア、ホウオウヲタク、ホウオウ狂であったから、私は今生きている。
それなら尚のこと、それに対して文句など言えるはずないのだ。



さて話を戻すが、その次に大変だったのは設定作りである。
マツバさんには、私が此処におちてきた直前までの出来事をありのままに伝えてある。
けれど多くの人にそのことが伝われば、望まない展開というのも容易に考えられるわけで。それが私だけの問題ですめばいいが、当面の保護者であるマツバさんに迷惑がかからないとは到底思えない。よって、二人でうんうん唸りながら設定を考えた。


結果、私はホウエン地方出身の少女となった。物心つく前に両親を事故で亡くし、その後母方の祖母に育てられたが、数ヶ月前にその祖母も他界。周りの薦めもあって、死んだ祖母と交友のあったマツバさんの元に身を寄せた、というプロフィールだ。随分な不幸設定である。


身の上設定はともかく、ホウエン地方出身となった理由は、私の腰についていたモンスターボールにユキワラシがいたからである。ユキワラシを捕まえやすいのは、ホウエン地方の浅瀬の洞穴。だから、ホウエン地方出身にしておくのが無難だったのだ。

よって、特にホウエン地方に特に思い入れがあるわけじゃない。思い出と言えば、“ダイビング”という画期的なフィールド技があったことと、石大好き!な御曹司からもらったダンバルくんくらい。あと、ちょっとチャンピオンに対して変人疑惑を持ち始めたのも、この地方からだったかな。


最後に、暮らしに馴染み始めてから発覚した大変なことは、マツバさんの不摂生具合だった。
マツバさんは、どうしてそんな生活でイケメンを保てるのかというくらい不健康な生活をする人間であると、私は彼の家で起きて5回目の日に知った。
最初の5日間は、私も不健康な人間の一人であることが災いし、朝ごはんを作るなんていう発想に至らなかったのだ。食事の中に朝ごはんなんてカテゴリは存在しない。一日最初の食事は、アヒルご飯かただの昼ごはんだと思っている人間だ。

だが、それがいけなかった。私はてっきり、マツバさんは昼ごはんをしっかり外で食べているものだと信じ込んでいた。だから、朝ごはん抜きなんてことを平気で出来たんだけど・・知らないというのは恐ろしい。

彼は普段、ほぼ一日中ジムに篭って、気が向いたらスズネの小道へいく。その間、摂取カロリーはゼロである、とは、彼の経営するジムのイタコさんが教えてくれたこと。それなのに、夜帰ってきて食べるのは、毎夜フレンドリーショップお手製(?)のお弁当。

これはいけない。霞でも食って生きてんの?仙人なの?と一人で混乱するくらいには想定外の、いけないことだった。

それに気付いた私は、次の日から必死で早起きをした。朝食を作ることにしたのだ。
初日はスクランブルエッグとベーコン、そしてトースト半枚を用意。
ここ5日間朝食をとる習慣のなかったマツバさんの胃を考慮して、少なめにしてみたが、そんな心配は必要なかったようで、彼は合計3枚のトーストを食べて出掛けていった。

なんだか期待を裏切られた気がしたので、その夜私は思い切ってマツバさんに聞いてみたのだ。


「あの、マツバさん」

「なんだいコノハちゃん?あ、明日の朝食は卵焼きがいいなぁ」

「あ、はい。わかりました・・、じゃなくって」

「?なに?」

「マツバさん、この5日間朝食とっていかれました?」

「食べてないよ」

「ですよね。じゃあ、私が来る前はどうしてたんですか?」

「・・・水を飲んでた、かな」


それ食事のレベルに達してるものじゃないだろ。

心の中では思わずそう突っ込んだが、口をぐっと噤むことでどうにか言葉に出さないことに成功した。


「じゃあ、朝食べる習慣はないんですね?」

「だから、水を・・」

「水は食事とは言いません。話を戻しますが、それなのにいきなりあんなに食べて大丈夫だったんですか?」

「今朝のことかい?」


マツバさんが少し首を傾げたので、私はこくりと頷くことで返事をする。
美人はどんな姿も素晴らしいが、困ったような顔と笑顔と、それから小首を傾げる動作は犯罪だと思う。


「ぼくは胃腸が丈夫だし、良く食べるからね。もっと多くてもいいくらいだったよ」


じゃあ何で今まで食べなかったんだ、とは、そのとても嬉しそうな笑顔を前に聞くことは出来なかった。
ともかく、ホウオウ以外の件で、私の存在を好ましく思ってくれているのは嬉しいことだ。そう言い聞かせて、自分を納得させた。ちなみに、その翌朝私が卵焼きを作ったのはいうまでもないことである。






まあそんなこんな、数々の苦労を味わいながらも、私はちゃんと今此処で生きている。
もちろん苦労ばかりじゃない。見目麗しいマツバさんと暮らすのは、それだけで目の保養だし、ポケモンという、今まで画面のむこうでしか触れることの出来なかった存在と触れ合うことができるのは本当に楽しい。


「コノハちゃーん。ムウマがそっち行ったから気をつけてね」

「え?え、ちょ、ってギャーーー!!」

「ムウムウ!」


・・・やっぱり、ちょっとだけ苦労が多すぎる気もしなくはない。

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