あの意味の分からない男にじゃあなと言われて次に目を覚ましたとき、目に入ったのは天井の木の目だった。

自分の家でこんな天井がこさえられているのは和室だけで、その和室は現在母の住処となっていたはず。自分の夢遊病はとうとう歩き出すところまで来てしまったか、とちょっと反省して身体を起こそうとしたとき、予想だにしない至近距離から、聞きなれない男性の声が聞こえて本気で肩が跳ね上がった。


「目が覚めた?」

「・・ぇ、と」

「あ、混乱してるかな?とりあえず、痛いところとかない?」

「う、な、ない・・です」

「そう、よかった」


よかった。
私を驚かせたその男性は、そう言ってふんわりととても綺麗に笑った。

思わず見惚れてしまった私は確かに面食いなのだが、それにしたってこの人は本当に綺麗な顔をしているし、声も美麗だ。面食いでなくても、女として、見惚れてしまうのは無理ないと思う。


「君はスズの塔の頂上に落ちてきたんだ。ぼんやり光りながら、ね」

「それは・・・」


なんというか、人が光りながら空から降って来るなんて、ものすごいホラー体験ではないだろうか。


「あの、なんか・・・ごめんなさい」

「?どうして?」

「ご迷惑おかけしたでしょうし、すっごい気持ち悪い光景でしたでしょうし」

「そんなことないよ。スズの塔だから、なまじありえないことでもないし」


またふぅわりと綺麗に笑った男性なのだが、私は先ほどから気になってしようがない単語がある。


「えと、さっきから言ってるその『スズの塔』って・・」

「この町のシンボルだよ。・・・あぁ、そういえばまだ自己紹介もしていなかったね」


男性は一呼吸置いて、まっすぐに宣言した。


「ぼくはマツバ。このエンジュシティのジムリーダーをしています」

「私はコノハです」

「コノハちゃんだね。よろしく」

「よろしくおねがいしま・・・」


そうして、間。

条件反射と同じ信号回路で自己紹介を返したが、私はまたどうしても聞き逃せない単語を聞いた気がする。


「え、『エンジュシティ』ぃ?!」

「う、うん。ここは、エンジュシティにあるぼくの家だけど・・・」

「しかも空から落ちてきた?光りながら!?」

「うん」

「それは・・嘘とか夢とかではなく?」

「本当だよ?」

「・・・おおう・・・」


正直言って、信じられない。
頭が痛いとはこのことで、私はいっそ首でも切って目を覚まし、これは夢だと思いたかった。

けれど目の前で心配そうに眉を顰める男性を夢だと決め付けるのはあまりに酷で、先ほど自分が夢だと思ったあの極彩色の男の苦しそうな謝罪の声も、無碍にするには重過ぎるものだった。



あぁもう。


「マツバさん。私が落ちてきたときのこと、詳しく教えていただけませんか?」


信じるしか、ないみたいだ。

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