一
その日は平凡で平和な一日だった。
ジムへの挑戦者もいなくて、慌ただしい出来事も無くて。
本当に何も言うことがないくらいに平和だったから、ぼくはとても暇だった。ジムトレーナーのイタコさんたちにも、今日はもう帰っていいといわれてしまった。僕自身、今日はジムにいても何の成果も得られないと思った。
周りの提案に従ってジムを出たぼくは、何という気もなしにスズネの小道へと足を向けていた。気がつくといつもふらふら立ち寄ってしまう場所だ。それは、いつか、このようななんでもない日に、ホウオウがスズの塔へと降り立ってくれるのではないかと、どこかで期待しているからかもしれない。
スズネの小道は、いつも落ち葉が舞っている。移り変わることを知らないこの道は、いつでも秋景色だ。花は咲かないが、それでもいいとぼくは思っている。それが、ホウオウへと続く道なのだ。ぼくたちの知り得ないなにかしらの意味があるのだろう。
「また、おおきなきのこが増えてるな・・」
この間、坊主たちが採っていったばかりなのだが。
異様な成長率の高さに、此処の土壌が気になるところだが、そういった科学の手は加えたくないという町の総意から、此処は全くの未知の世界となっている。再三言うようだが、それで、いいのだ。
ふぅ、と息を吐いて塔を見上げた。それは、いつもと同じ厳粛な佇まいでそこに存在していた。
この塔にホウオウが降りるのは、いつのことだろうか。子供の頃からずっと想像していた。憧れという言葉では言い表せないほどの想いを、ずっと抱いてきた存在だ。ホウオウに選ばれたい、その一心で厳しい修行にも耐えてきたぼくを、ホウオウは知ってくれているだろうか。いや知らなくてもいい。そんなものなしで、ぼくは選ばれてみせるのだ。
色々な思いで頭の中がいっぱいになる。冷静になろうと、頭を左右に何度か振って、もう一度塔を見上げたところで、ぼくは違和感に気付いた。
空が、光っていた。
いや、空じゃない。
「塔の・・・頂上・・?」
塔の頂上の周りの空が、わずかに金色で染まっていた。
空も塔も、光るなんて普通じゃない。
ホウオウかもしれない。
その思い一つで、ぼくは走り出した。
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