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ホドモエにある私の新宅は、よくある二階建ての一軒家という感じだが、屋根裏収納や広いバルコニーと庭、と、なかなかのいい物件のように思われた。
さっそく兄さんと部屋割りを決めて、引越し業者に連絡をする。飛ぶ距離が距離だったので、私たちより先に必要な家財道具はイッシュ地方に送ったり買ったりしておいて、私たちの引越しの連絡に合わせてそれを運び込んでもらうという手はずにしておいたのだ。
ネジ山越えというトラブルで予定より一日遅れてしまったが、対応の範囲内だったらしく、今日の夕方には届けてくれるという。ありがたいことである。
「家具はもうすぐ届くし、家ももふもふシキジカも手に入れたし…っと、あとは何すればいいんだろうねー。っていうか私たちなにしに此処に来たんだろう」
「やっぱ協会は、イモトンにリーグ制覇してほしいんじゃね?」
「リーグ制覇かー…まあぼちぼちで。っていうかジム回って欲しいのにホドモエスタートってちょっとおかしいよね」
「それはたぶん大人の都合」
「なんのだよ」
まだなんにもないがらんどうの部屋だからシキジカを出して一緒に遊ぶわけにもいかず、手持ち無沙汰にポケギアを弄る。なんの音沙汰も無し。どうせあの人にとってわたしはそんな存在ですよーだ。
「なんの連絡もねーの?」
「なーい。もー知らん」
メタリックな赤で塗装されているポケギアをぽーんとどこかに放る。壊れようが知ったこっちゃないというくらいの勢いであった。
「…っていうかさ、俺重大なことに気づいた気がするんだけど」
「なに」
「そのポケギア、海外モードになってないんじゃないか説」
「…」
慌てて手持ちのノートパソコンをWi-Fiで繋げてポケギアの海外対応について検索する。
「けどけど、電波入ったとこでどうせなんの着信もないし」
「いや電波入れてから言えよ」
「今やってる!」
「ついでに俺のもやっといて」
「兄さんに連絡取る友達とかいたの」
「フウロちゃん。さっき電話番号とアドレス交換しちった」
「兄さん…ご当地キティの感覚でジムリーダーに手を出すことだけはしないでね」
「さすがにない」
「ならよかった」
なんて言いながら、パソコンが教えてくれるとおりに、通信料はすこし割高になるデメリットはありつつも海外で使えるようにした。すると、途端に鳴り響く着信音。当然相手は恋人である。
「うわ!」
「ほら言わんこっちゃない。じゃ、俺部屋に帰るから」
ちゃんと話せよーと手をひらひらさせながら、リビング(予定)から出て行く兄さん。恋人との会話なんて聞かれても恥ずかしいけど一人にされるのもなんだか不安である。
しかし一向に鳴り止まないポケギアにこれ以上無視を決め込むわけにもいかず、おそるおそる通話ボタンを押す。
「も、もしもし…?」
『…………イモトン?』
「あ、うん…」
『ほんとうにイモトン、かい…?』
「…私以外がこのポケギアに出たらまずいとおもうけど」
『イモトンっ…!…ああ、よかった…!』
ポケギア越しに聞こえる恋人―マツバの声に、憔悴と安堵の色を感じ取って、わたしはようやく、思った以上に彼を心配させていたことに気づいた。
『ずっと連絡取れなくて、なにか事件に巻き込まれたのか、それとももう僕とは二度と会わないつもりでそうしてるのか、そんなことばっかり考えてた…』
「ご、ごめん。喧嘩した次の日は連絡取りたくなくてずっと電源切ってた」
『そのあとは…?』
「トレーナー協会から手紙が来て、イッシュに…」
『イッシュ?今イモトンは、イッシュ地方にいるの?』
「うん。ポケギアの対応の関係で、ずっと電波入ってなかったみたい」
『そうか…。……イモトン、この間は、ごめん』
「マツバ…」
『君がそばにいることが当然になっていて、甘えてた。いなくなってから気付くなんて、ほんとうに馬鹿だ』
「…ううん、私こそごめん。言いすぎたよね」
『言われて当然だ』
「……仲直り?」
『…してくれる?』
「…うん!」
それから私たちはいろんな話をした。
シキジカというポケモンを捕まえたこと、ネジ山はシロガネ山よりもひどい登山になったこと、フウロというジムリーダーに会ったこと、そのジムリーダーと兄さんがいい感じになっていること。
イッシュ地方には可愛らしいランプのゴーストポケモンがいることを話すと、ぜひ育てて見せて欲しいとも言われた。
こうして話していると、たった四日でも随分と離れてしまった気がして、電話の最後につい、「早めに帰るね。会いにいくし」とか言ってしまった。そうそう帰れる距離でもないのに。
だけどそれに嬉しそうに「待ってるね」と返してくれて、さらには「大好きだよ」との言葉までもらえたのでまあオーライ。惚気かって?はい惚気です。
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