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今日はテニス部も休みなので、彼はまだ教室にいる気がした。
私の目線よりも少し高い位置にある教室の窓を背伸びで覗くと、私は今日珍しく勘が冴えているらしかった。
「光」
「ん、ユキか」
「歌詞、作ったよ。メールで送る?手書きのルーズリーフでいい?」
「手書きでええ」
「じゃあ、これね」
鞄の中から、シャー芯ですこし汚れたルーズリーフを渡す。
細くてしなやかな指が、それを受け取った。
「おおきに」
「いえいえ。曲、聞かせてもらうって約束してもらったから」
「文芸部の主戦力から作ってもろた歌詞やから、ええのができるんとちゃうん」
「なにそれ、他人事みたい」
「はは、」
私が笑うと、彼も釣られたように笑った。先輩から生意気、毒舌、といわれる彼だけれど、こんな風に素直に笑うときもある。最初はもちろん私も、驚いたけれど。
「あ、せや、ユキ」
「ん?」
「トリックオアトリート。今日が何の日かは、知っとるやろ?」
「もちろん。さっきまで部活でパーティしてたもん。というわけで、はい。チュッパチャ」
「・・・面白んない」
「じゃあ、こっちからも。トリックオアトリート、光!」
「ん」
「ありがとー、って、これ私のやん!返すなや!」
「おー。大阪人っぽいツッコミや」
「・・・・なんだかんだいいながら、光もやっぱり四天宝寺生だよねって感じだよ」
「そらおおきに」
「あんま、褒めたつもりはなかったんだけど」
クスクスと年相応に笑う光が可愛くて、すこし居心地の悪い気がした私は手持ち無沙汰に横髪を弄ると、「じゃあ」と言って教室を出ようとした。荷物は肩に提げたままだったから、そのまま出るだけでよかった、のだけれど。
踵を返した私の頭を捕まえる腕のせいで、脱出は失敗に終ってしまった。
「・・なに、光」
「ん。なんとなくや」
「私、帰ろうと思ったんだけど」
「せっかくやから一緒に帰るで。ちょお待っとき」
そういって、彼は手を離し、どこかにおいてきた鞄を取りに席を立った。
顔を上げたことで見えた学ランの襟から続くイヤホンが、妙に艶やかだった。
「せや、ユキ」
「なに?早く鞄とってきなよ、って、」
「トリート。今はそれで我慢し」
そういって、光は行儀悪く足でドアを開けて出て行った。
我に返った私が真っ先に思いつくのは、赤く染まった彼の頬と、私の額に触れた薄い唇。
普通にアメをくれればいいものを、と、私はがらんとした教室で一人顔を覆った。
Happy Helloween!!!
⇒アトガキ