成功のお話


「おいお前」

「はぇ?」


転がり込んだクラスとも打ち解け、サンドウィッチの耳だけを残しながらはむはむと昼食をとっているユエは、突然声を掛けられ、素っ頓狂な声を上げた。自分のことを呼ぶ人間なんて、てっきり目の前にいる二人の女子生徒以外にはいないと思っていたのだ。

ユエは、誰に呼ばれたのか理解しないまま後ろを振り返ると、そこには黒髪の男子生徒が、ひどく不機嫌な顔で立っていた。


「・・・だれ?」

「おまっ・・!」

「待って待って。思い出す・・・あ、ゴロウのパパ?」

「誰や。蹴り飛ばすぞ」

「あれ、違ったっけ。あ、この間自販機でお金貸してくれた人?!」

「ちゃうわボケ。・・・あーもうええわ。思い出さんでえぇからこっちこい」

「えー」

「こ、い!」

「はぁ・・・はーいはい。行きますよぉ」

「わー、ユエモテモテやんなぁ」

「いや、この場合はアレやない?体育館裏での私刑!」

「あっははーせやせや!財前クン怖いからなぁ。精々殺されんよう気をつけや、ユエ」

「うわー、友達をたすけろー!」

「「いやや」」

「この、友達甲斐ない奴等め!帰ってきたら覚えてろよぅ!」


財前少年は少々脱力していた。
あんな物騒な言葉を投げかけてきた少女が、こんなにも普通の友好関係を築いているとは思わなかったからだ。

だからといって、それが少年の脱力以外の何かにつながるわけではなかったが。


二人はしばらく無言で廊下を歩いていたが、人通りの少ない実習教室横の非常階段についたとき、先頭の財前が立ち止まった。

どうやらここで話をするつもりらしいと当たりをつけたユエは、一つため息を吐いて話し始めた。


「ふぃ・・で、何の用?あ、その前に誰?」

「・・・・ホンマ覚えとらんのか」

「覚えてない。すっぱりさっぱり」

「むっかつく・・・とりあえず、この責任とれや」

「責任?」


そう言って、財前は自身の左腕につけているリストバンドを少しずらして見せる。

そういえばこの人は、人よりリストバンドの数が多いんだなと、そのときユエは初めて気付いた。が、財前が主張したかったのはそんなことではなかったらしい。


「・・・にゃんこ印?」

「あぁまじもういちいち癪に触るやっちゃなぁ!これお前のせいやろ!!」

「はぁ?身に覚えがございませんが」

「ふざけんな。お前が会っていきなり呪う呪う言うてきた日から、こんなんが出てきたんや」

「あー・・?あーうん」


ユエは横の髪を弄りながら、曖昧に笑う。


「・・・・覚えてないんか」

「え?あーいやいや、・・・あっはっは」

「覚えてないんやな」


はぁ。
財前少年は深くため息を吐いた。


「『猫』。『トラック』。『化け猫』。『お前』。これでも思い出せんか?」

「んー・・?んー・・」


しばらく唸ったり、首をかしげたりしていたユエだが、数秒後にはぱっと顔を上げた。その目には歓喜の色があった。


「私を殺した人か!」

「・・うん、まぁ、せやけど。他にもっと言いようはなかったんか」

「じゃあ、呪いは成功したわけだね!」

「呪いの印が、なんでこんなファンシーなん」

「君が嫌がるようにしたから」

「てめぇ・・・」


財前は元々気が長いほうでも、沸点が高いほうでもなかったが、それにしたってユエの態度は鼻をつくものだったらしく、相手を睨みつけながら低い声で唸った。


「ま、呪い返しの条件は、心の底から君が反省することだから、それさえすればちゃんと消えるんじゃない?そのにゃんこ」

「心の底から反省?ハッ」

「じゃなかったら、一生消えないよにゃんこ。まぁ、可愛いけど」


ユエはにやにやと笑いながら、少年の腕を指差した。財前は不快を隠そうともせず、思いっきり眉間に皺を寄せながら「指差すな」とその手を叩き落とす。

普段のユエだったらそれに文句もいっただろうが、今回は機嫌がいいらしい。理由はさっき本人が言った通りで、呪いが成功したからだろう。


彼女は何も言わずににっこりと笑いながら手を振り、非常階段から出て行った。
それを追いかけることも出来ずに、財前はリストバンドを元の位置に戻すと、自分も自身の教室へと帰っていった。じくじくと猫が疼いたのは、気のせいということにしておいた。


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