猫のお話
猫のお話
その少女に、猫だった頃の記憶は正直あまり残っていなかった。
痛くて死んだ。その程度だ。
なんだか人間にはあまりよく扱われていなかったような気もするが、よく分からなかった。
所詮その程度の記憶で、どうして今自分が人間として生きているのか、到底分かるはずもなかった。
だから、理由も知らずとりあえず生きてみようと思った。
彼女は基本的に無気力な猫であったのだ。
流されるままに生きていて、偶然誰かが食べ物を与えてくれていたから生命が保たれていた。
猫が望んで生きようとした時間など、一瞬たりとも無かった。
だから、少女はとりあえずまた流されることに決めた。
家はあるらしかった。家族も居るらしかった。
突然ぽつんと投げ出された自分だけが異物のようだったが、少女は気にしないことに決めた。
どうせたいした問題でもなかった。
食べ物があって、寝床が快適であればそれでよかった。
人間は猫と違っていくつもの社会集団に重複して所属しなければいけなかったが、少女は持ち前の流され精神ですんなり溶け込んだ。
つまるところ、猫が人間になった。
それだけの話。
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