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一人用にしては広い部屋から、尊はすっかり暗くなった空を見上げていた。形容しがたい形の月が浮かんでいる、なんてことはない夜の空である。
すぐ傍のソファでは、結局学校をサボって一日中この家に居た仁王が、かすかな寝息を立てて眠っている。
「・・・と、いうわけで」
尊は誰に言うわけでもなく呟いて、そっと一枚の紙を机の引き出しから取り出した。
そこに書かれているのは、自分が元の世界に還るための方法。
内容は大したものでもないが、この紙が無くては還れないとあったから、ずっと大切に保管していた。
彼女がずっと決めかねていたことだったが、今回の騒動で勇気が持てたらしく、思っていたよりも簡単に決意は固まった。
両手で持ったその一枚の紙に、少し力を加えればなんともあっけなく二つの紙切れに、もう一度繰り返せば四つに。
何度も繰り返して、一片を爪の大きさ程にした。
特に後悔なんてものは見当たらなかった。むしろ、選ぶチャンスが与えられ、望むほうを選ぶことができた自分は幸せだとすら思えた。
「サヨナラ、月の使者さん」
今度も、誰にともなく呟いて、尊は窓から精一杯腕を伸ばし、できるだけ遠くに飛んでいけと念じながら紙吹雪を起こした。
街灯に照らされた道の上を滑っていくそれらを見届けると、尊はもう一度空を見上げ、眠る仁王へと微笑んだ。
「・・・大好きです、仁王くん。これからも、ずっと」
半月よりも少し満ちた月は、雲に隠されていた。