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その異変は、突如として尊を襲った。
『・・・あれ?』
気がつけば、彼女は自分の肉体を離れ、ふわふわと実体なく宙に浮いていたのだ。
いくらベッドに横たわる自分の頬を叩こうとも、如何せん、その手が頬をすり抜けてしまうのだから意味が無い。
『・・・学校どうしよう』
正常に呼吸はするのに全く動かない自分の体を見下ろしながら、尊は茫然と呟いた。
この異常事態に於いてのその発言は些か平和すぎるとの見方もあるが、彼女にとって見ればそうでもない。
今日はテストである。
そしてそれよりも大変なことに、先日約束した仁王との登校は今日も施行されている。
何の連絡も無く、彼女が待ち合わせの場にいないということになれば、仁王はきっと自分が遅刻するのも厭わずに尊の家に攻め入ることであろう。
尊は、自分はともかく、仁王が自分のために遅刻してしまうのがとてつもなく嫌だった。
『あーもー、ほんとどーするの!待ち合わせまであと30分だよ!』
答えは一つ、どうしようもない、なのだが、そこを諦めきれないのが人間である。
そして、そんな生き物達などお構いなしに無情に進み続けるのが時間である。
尊がうじうじと悩んでいるうちに、時計は待ち合わせ時間を2分過ぎた時刻を示した。
無論、必死に考えめぐらせる尊はこのことに気付く余裕など無い。
『あぁぁぁー・・・うぅぅ・・・』
と、そこへバタバタと大きな足音が響いてきた。
その足音は、尊の家の前で止まる。
そしてガチャガチャと鍵をあける音が聞こえ・・・、そこでようやく彼女は気付いた。
「尊ーー!!無事かーー?!」
『・・・来ちゃったぁあ・・・・』
とてもとても過保護な恋人が、やってきたのだと。