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部活のないある日、仁王少年は困っていた。
その原因は、彼が、とある噂を自身の部活の参謀である柳から話されたことにある。
「尊・・・・」
「んぇ?私がどうかした?」
「! あ、あぁ、尊か・・・」
「あれ?今、私の名前呼んでなかった?」
「呼んでないゼヨ?」
「・・・仁王くんって、意外に嘘つけない人だよね」
ニコリと笑う尊の笑顔に一瞬ふわっと現世を離れた仁王だが、そこはそこ、詐欺師の意地で帰還する。
「俺、『悪魔をも騙せる男』なんじゃけど?」
「え?じゃあ私は悪魔以上?」
「・・・まさしく、のぅ」
「マジかー」
「尊は俺の女神じゃ!」
「あっははー、何、仁王くん眠いの?」
「・・・マジなのに」
「それより、どうかしたの?授業中も上の空だったよ、仁王くん」
真面目な愛の言葉を『眠いの?』と虚言扱いされ、さらには『それより』と横に投げ捨てられた仁王は些か不満げだが、そんなのを意に介する尊でもない。彼女にとってはそれこそ『それより』なのだ。
「あんな、俺、すごい噂聞いたんじゃけど」
「うん、なに?」
「尊って、一人暮らしなんか?」
「うん、そうだけど?」
すごくさらっと言われた。
今日のおやつはチョコなんか?と尋ねたときと同じノリで返答された。あれ、実はこれ周知の事実だったりしたのか?
返答自体もショックだが、その仕方にもショックを受けた仁王はピシィッと音でも出そうな様子で固まった。
「学校からも結構近めで、割かし扱いやすいんだけど、コンビニが近くになくてねー。歯科医もいいけど、それよりコンビニ作ってくれって話で・・・あれ?仁王くんどうしたの?」
「・・・危ないじゃろ!」
「え?」
「女の子が、中学生なのに一人暮らしとか、なんでそんな危ないことしとるんじゃ!」
「どうしてもなにも・・・私結構天涯孤独な身の上だから、一緒に住む人なんていないよ?」
「! なんて可哀想な尊・・・!」
「いや、別に可哀想なわけでは・・」
何かちょっと怪しい雰囲気を察知した尊が慌てて否定するが、それは少しばかり遅かった上に彼女はそもそもの発言を間違えたのだ。
一人暮らしの理由が親がいないからだなんて、そんな悲劇のヒロインのような立場にいる愛しい彼女を、仁王が放って置くわけがないのだ。
「っ・・よしよし、家族の変わりに俺がいっぱいぎゅうぎゅうしちゃる!こっち来んしゃい」
「え、えぇ〜・・・」
「ほら、おいで!」
「う・・・・」
小さくうめいて、尊は仁王の腕の中へと体を寄せる。
なんだかんだといって、彼女も仁王にぎゅうぎゅうされるのが好きなのだ。
頬に頬を摺り、唇を啄ばみ、額をコツリと優しく突き合わせた。
そうすれば、二人は直前の絡まった思考、感情をすっかりとリセット。幸せだけの笑顔で笑い合えるのだ。
「世界の全員分、尊のことを愛しちょるよ」
「私も、優しい仁王くんが世界で一番好きだよ」
これがまだ人の多い学校の教室でさえなければ、それはそれは美しい恋愛小説の一幕となったことだろう。
二人の桃色な空気に中てられたクラスメイトが、真っ赤な顔でその場から走って脱出した。