いりゅーじょん!
「仁王くん!仁王くん仁王くん!」
「なんじゃー、尊。」
「いりゅーじょんっ、ってしてー!白石くんになってー!」
「・・・嫌じゃ。」
「なんで!」
夏の全国大会も終わり、以前では考えられないくらいの穏やかな日々が続く中、思春期真っ只中仁王少年は酷く悩んでいた。
その悩みが今彼の目の前にいる尊が原因であることは言うまでもないのだが、今回はどんな苦悩であるかというと。
「じゃって、尊はアイツのこと、」
「大好きだよ!」
「・・・・・ほら見ろ。それが愛する雅治くんの前で言う言葉か。」
彼女の気の多さに悩んでいるのだ。
もちろんそれが恋愛感情ではなく、アイドル抱くような憧れの感情であることは分かっているのだが、尊の『好き』は全部独占したい仁王としてはまったくもって気に入らない。
しかし、イリュージョンでなりきった他人であろうと『かっこいー!』と言われて抱きつかれるのは自分であることに変わりはない。
尊から抱きつかれたい。けれど自分以外を気に入ってほしくない。
少年の心は複雑である。
「・・・仁王くんケチい。」
「ケチくて結構。」
「だってさー・・せっかくこっちに来たんだから、他校の人にも会いたいんだよー・・・。」
「大会で見たじゃろ。」
「そうだけど・・・、あ。」
と、尊は閃きの表情を浮かべた。
効果音をつけるなら、ピッカーン!である。
「大阪行けばいいのか!」
「イリュージョンしちゃる!」
ほんと?やったー。と純粋に喜ぶ尊。
仁王はそんな彼女の言動を計りかねていた。計算なのか、天然なのか。
どちらにしても悪質である。
少年は、深く深くため息を吐いた。
「じゃあじゃあ、白石くんからお願いします!」
「・・・『んーっ、絶頂!』」
「一氏くん!」
「『人生マネたモン勝ちや。』」
「スピードスター!」
「『浪速のスピードスターのほうが上やっちゅー話や!』」
「跡部くん!」
「『俺様の美技に・・酔いな。』」
「うっわー!カッコイイー!!仁王くん好きー!」
こんなところで好感度上がっても。
とは思いつつ、湧き上がる歓喜に正直に反応する表情筋により、仁王はひどく嬉しそうに笑っているのである。
「ぜんざいくんは?」
「『ま、しゃーないっすわ。』」
「そっくり!仁王くん、ほんとすごい!マジシャンだマジシャン!」
「仁王マジックじゃき!」
褒められれば、さらに仁王の機嫌は上昇する。
いつもならこの単純な仁王の様子を微笑ましく見つめる尊だが、今回ばかりは彼女のほうも思考が正常ではない。熱病状態だ。
結局、諫める者も止められる者もいないクラスの中で、二人は昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、ずっとこんなやり取りを繰り返していたのであった。
(仁王くん!お弁当食べてないよ私たち!)(よし尊!次の授業はフけるぜよ!)