祐樹 「待って待ってー!」 美雪 「!」 店を出て数秒と経たないうちに、ようやく解放されたはずの声が追ってきた。 自分でもわかるくらい、意識せずにあからさまな嫌悪を顔に出したのだが、この馬鹿にはやはり伝わらないようだ。 祐樹 「あ。仕事終わらせないで出てきたと思ってる?ちっがうちがう終わらせたよー言われたところは」 美雪 「・・・小学生か」 祐樹 「お?シカトしないのね?ふふふ」 美雪 「・・・」 祐樹 「あ!ごめん待って!」 つい口をついて出た一言に後悔しつつ、やはり無視して歩みを進める。 深夜だというのに近所迷惑も顧みない大声で追いかけてくるやつなどこの際居ないものと考えるのが妥当だ。 祐樹 「ほら、いつものアレだよ。女の子をこんな深夜に一人で帰らせて何かあったら大変だぁーっていうチーフの親心?」 美雪 「・・・」 そんなことは言われなくてもわかっている。 チーフはパッと見年齢不詳でなよなよしている雰囲気だけど、部下のことはちゃんと考えてくれている人だ。 ちなみにコイツはそれすら言われなければ実行しないわけで、何故コイツなのかという理由もちゃんとわかっている。 祐樹 「もうコレってチーフ公認の仲ってことでな!ははっ」 早足で歩く私の歩調に難なく追いつき、隣を歩く長い脚。恵まれていて良かったな。そしてたとえチーフが公認したとしても私は絶対お断りだ。 祐樹 「あ、ラーメンやってる。食ってこー」 美雪 「・・・」 祐樹 「ねぇ食っていこーよー」 美雪 「・・・」 祐樹 「俺マジ腹減りなんだけど〜」 美雪 「一人でカップ麺でも喰らえばいい」 祐樹 「喰らえって・・・そんなこと言わずにぃ深夜デートしましょうよん」 美雪 「・・・ハァ」 祐樹 「ね?み・ゆ・き・ちゃん♪」 美雪 「・・・」 祐樹 「あ〜も〜まぁたシカト〜?」 ラーメン屋の明かりをスルーして、深夜営業の看板の明かりの下を早足で。 駅の改札を通っても、電車に乗り込んでも、目的の駅に降り立っても尚、五月蠅い野郎がひょこひょこ付いてくる。 自宅アパートの付近まで差し掛かると街頭も疎らな暗闇エリア。 シンと鎮まりかえった夜の空気に不似合な大きな話し声は、周囲の状況などお構いなし。延々と耳に障ってくる。 いい加減ウンザリだけど、この闇の中を黙って独りで歩くのはきっと心細いだろうなと、危うく血迷った気持ちが湧いてきて驚く。 祐樹 「そんでさぁ、彼女がね?こう言うわけよ」 美雪 「・・・」 祐樹 「祐樹は可愛いね♪ってぇ〜えへへへ」 美雪 「遠回しに馬鹿って言われてんでしょうが」 祐樹 「そんなことないもんね。巨乳の女は優しいんだぞ」 美雪 「ふうん。私にはまったく興味も関係も無い話だけどあっそう。そんなにお話がしたいならその巨乳の彼女に聞いてもらうといい」 祐樹 「つれないなぁ〜、たまには仲良くしてくれたっていいじゃぁん」 どんなに冷たくあしらっても甘えた声と口調は崩さない。これがコイツのやり口なんだろう。甘くみられたものだ。 そもそも仲良くする義理なんかない。私はこの男が嫌いなんだから。 こうして同じ空間で同じ空気を吸っていることだけでも非常に気分が悪いのだ。 軽い苛立ちを覚えつつ、歩調は更に早くなる。 少しでも早くこの試練から解放されたくて、軽く汗ばむほどに急ぐ足。まるで競歩だ。 もうすぐだ。もうすぐこの苦痛も過ぎ去る。 視線の先に既に見えている自分の城が、やけに遠く感じて恨めしかった。 Carta de amor*top← +α← Home← |