「オフィーリア」の客を追い出して、スモーカーは一息ついた。殆どが自分の部下であったので幾らかやりやすかった。散らかり放題の店内をそれなりに片付けてやっていると、カウンターにぐったりと伏せていたnameが顔を上げて名前を呼んだ。

「何してるんですか、スモーカーさん、そんな……大佐ともあろうお人が……」
「いいんだ、アンタは寝てろ」
「そういうわけにはいきません、こんな……雑用みたいなマネ、大佐に」
「申し訳ないと思ってんなら、その大佐っての辞めろ。俺ァあんたの上官になった覚えはねェ」

一人でグラスを幾つも運んでいる彼を見て、その不似合いさにnameは顔をしかめた。親切心はありがたかったが、申し訳なさの方が優っていた。ふらふらと立ち上がると、nameはカウンターを支えにして客席へ出る。スモーカーは聞こえないように舌打ちをして駆け寄った。彼女が胃の不快感に顔を歪めて口を押さえる。すんでのところで留まったようだが、それでも気分は優れないようだった。

スモーカーは倒れかけた彼女に胸を貸してやり、取り敢えず近くにあったソファへ横たえた。nameは肩で息をしている。

「おいおい、大丈夫か?」
「ええ、ええ……なんとか……ごめんなさい、私、ほんと……はあ……こんな、みっともない……」
「気にするな。それより、この間も深酒したって言ってたな、いつもこうなのか?」
「違、それは……最近急に、お酒の巡りが……よくなって……あなたのせい、スモーカー……」
「俺の?」
「あなたが、いらっしゃるようになってから……私、……はあ」

これ以上nameに喋らせるのは苦しそうだったので、スモーカーは手で彼女の言葉を制止した。葉巻は既に消している。吐いてしまえば多少は楽になるものを、スモーカーの手前それだけは断固拒否したいnameは、彼の太い指を口に受け入れなかった。何か彼女を楽にする方法がないかと辺りを見回し、仕方なくスモーカーは綺麗なグラスに水を注いだ。

「少し水を飲んだ方がいい」
「…、」
「いや、話さんでいい。苦しいのは分かるが、少し我慢してくれ」

背中に腕を通し、nameの上体をゆっくり起こす。グラスを持つnameの両手はひどく震えていたので、スモーカーは上から自分の手を重ねた。透き通るような喉をとく、と鳴らして、nameはゆっくりと水を嚥下していく。が、半分も飲まぬうちに、咳き込んで水を零してしまった。

ぐったりと自分の腕の中で倒れこんでしまったnameを眺め、スモーカーは今度こそ大きく舌打ちした。不自然に上気した彼女の頬が哀れで仕方なかった。

『あなたのせい、スモーカー……』

惚れた女にそう言われて揺らがぬ男はいない。が、手を出そうにも彼女は今苦しんでいるのだ。理性と本能の狭間で、スモーカーは柄にもなくもがいていた。水すら飲めないname。肩で息をしているかわいそうなname。そんな彼女をどうしようもなく、どうかしてしまいそうなくらい、スモーカーは動揺していた。

「……name」
「ん……何、です……スモーカー、さん……」

溜息をついた。折衷案は幼稚としか言いようがなかったが、平生の冷静さを欠いた彼には、それしか解決策を見出すことができなかった。動揺を悟られまいと、スモーカーはnameに微笑んで見せた。nameもそれにつられて、へらりと笑った。

「さっき、どっちが好みが訊いたな」
「へ……?」
「……どっちだと思う」

スモーカーはグラスの水を己の口に含むと、とろんと熱いnameの瞼を、手のひらで優しく閉じさせた。



目を覚ましたnameは、自分が髪をほどき、寝間着を着て化粧を落とし、ベッドに横たわっていることに驚いた。昨晩の記憶は殆どない。特にスモーカーが訪れてからのそれは曖昧で、夢だったのか現実だったのか、スモーカーの口から語られる以外に、もはや知る術もなかった。

それよりも気がかりだったのは、自分がきちんと眠る用意をして、寝床で朝を迎えたことだった。まさかスモーカーが着替えさせたとか、そんなことは……ないと思いたく、思わずnameは葉巻の匂いを部屋に探した。

「……流石に、そんなわけないか」

一瞬ほっとしたが、それでも随分とみっともない姿を見せたように思う。幻滅して、もうここへは立ち寄らないかもしれない。そう思うと、薄い落胆の膜がnameの世界を覆うようだった。


ここ最近でもう何回目かの重い頭を抱えながら階段を降りると、nameは店内に見覚えのある人影を見つけた。

「……たしぎ、さん?」
「わ、わわっ!!」

ソファで薄い毛布を被って眠っていたのは、スモーカーの部下のたしぎだった。飛び起きた彼女が慌てて眼鏡を探していたので、そばのテーブルにあったそれを差し出してやると、それを受け取るのに彼女はソファから転げ落ち、毛布を巻き込んで滑り、床に伸びた。

「……」
「あ、あの……大丈夫?」
「ハッ!す、すみませんッ!!」

またも飛び起きたたしぎは、nameの手から眼鏡を受け取ると、ようやく息を切らしながらnameの顔をじっと見た。

「た、たしぎさん……?」
「あ!ああー!nameさん、nameさんですね!すみません、私、寝起き悪くて」

頻りに頷いている彼女に、nameは失笑した。成程、トロいとまでは思わないが、ちょっと、鈍臭いところがあるらしい。

「いえいえ……それより、たしぎさん、どうしてここに?」
「スモーカーさんに頼まれまして、昨晩からお邪魔しておりました!曰く『俺じゃどうにも出来ねェからお前がやれ』とのことで、その、お着替えと……あああと、お薬を持ってきたんです!えっと……確かここに……」

ごそごそと荷物を漁るたしぎを眺めつつ、合点がいったnameはスモーカーの的確な判断に恐れ入る。スモーカーであれば、別に……何か文句をつける気も起きないが、それでも恥でない訳ではないので、やはり同性であるたしぎを寄越した心遣いは、大変にありがたかった。

そうこうしているうちに、たしぎが薬を取り出した。軍医特製のスペシャルな薬らしいので貰って良いものか困惑したが、たしぎがどうぞと勧めるのを無碍にするわけにもいかず、nameはありがたく受け取ることにした。

「では、私はこれで!」
「あの、たしぎさん」

敬礼をして去ろうとしたたしぎを、nameが呼び止めた。たしぎは気良く振り向いて、はい、と真面目な顔してnameの声を待っていた。

nameは、何となく、自分とスモーカーの距離が近いことに気づき始めていた。自分の気持ちは勿論……スモーカーも憎からず思っているだろうことは、経験則からして明らかだった。ここまで世話を焼いてくれたということは、スモーカーに、nameとのこの距離を、まだ続けるつもりがある、ということだ。

nameは一瞬店へ引っ込み、合間に焼いたクッキーを引っつかんで、たしぎに手渡した。

「えっ、あの、これ」

顔を紅潮させて声を弾ませるたしぎに、nameは笑いかけた。

「夜も遅くに来てくれたお礼……にはならないけど、せめてもの気持ちです。ありがとう」
「と、とんでもないです!こちらこそありがとうございます!」
「今度、ご馳走するから営業してる時に来て頂戴ね。お客さん、男ばっかりでつまらないの」
「本当に、ありがとうございます!是非、立ち寄らせていただきます!」

たしぎは真面目な顔を崩して微笑んだ。その笑みの純粋さにめまいがしそうなほどだった。nameは何度も振り返って会釈するたしぎを見送りながら、手の中の薬をぎゅ、と握った。彼女の笑みのどれくらい分、自分は素直になれるだろうか、と考えながら。
 

 

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