長い旅路に僕はいない


司書さんがいなくなった。それは突然のことで、誰にも司書さんが急にいなくなった理由がわからなかった。
何か大変なことがあった次の日でもなくて、あるいは逆にその日に何か特別なことがあるわけでもなくて、彼女は忽然と姿を消した。
司書室からは少しのお金とカメラと万年筆だけがなくなっていて、机の上にあった白い葉書サイズの紙には、紺色の万年筆で書かれた言葉がひとつ。それをここにいる文豪達全員が見ても、結局、司書さんがいなくなったという事実しか残らなかった。
『旅に出ます。心配しないでね。』
心配もさせてもらえないのかな、と僕は思って、でもそれは誰にも言わなかった。

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こういうことは、大きな事件にはならないみたいだということを、僕は館長さんから聞いた。
司書さんが自分で選んでここから違うところにいってしまったから、僕らがどんなに司書さんに戻ってきてほしくても、無理に連れてくることはできないという。
おとなだから、ということになるのだろうか。大人だから自分の意思でいなくなってしまったのだろうか。大人だから誰にも何も言わなかったのだろうか。大人だから、彼女は何も思わなかったのだろうか。
そんなことを考えていたら、その日の夜、夢を見た。司書さんが銀河の中を走る鉄道の中にいる夢。ああ、僕の作品の中だ、とすぐにわかって、つぎに僕は、自分が司書さんの座っている席の隣に座っていることに気づいた。
「どこに行くの?」
考えるよりも先に僕の口は動いていて、司書さんは僕の顔を見て一言言った。いつも聞いていた声で、いつも見ていた笑顔で、一言だけ。
「心配しなくても、大丈夫ですよ」
それは問いの答えになっていなくて、でもそれが僕は聞きたかったのだとわかって、「そっか、ありがとう」と一言僕が言うと、彼女はまた笑った。それを焼き付けるようにそのまま目を瞑ると、現実へ戻っていた。僕は、彼女本人からその言葉が聞きたかったのだ、ということに気がついて、少しだけ泣いた。
その日から僕は、ポストに司書さんの手紙や写真が入っていないか、毎朝確認してしまうようになった。絶対に来ないだろうとはわかってはいるけれど、いつか、どこか遠い街で撮った星の写真の一枚でも入っていてくれないかな、と期待してしまうのだ。




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