アドゥレセンス未満
「殺してやる」
目の前の妹の瞳が光る。こいつが笑顔以外の顔を見せている姿を、僕はあまり見たことがない。それ以外の感情がないわけではないはずなのに、いつだって僕の脳裏に浮かぶ彼女の姿は笑顔だけだ。
現に今も、物騒なことを口にしながらも彼女は笑っている。
「って、思ったことある?」
「ない」
「流石救世主」
「それは関係あるのか」
「あるよ。救済とは万人に平等であるべきだから」
彼女はそう言いなお笑っている。「訳がわからない」という僕の言葉に、「ほんとに?」と更に言葉が返ってくる。彼女の瞳は底が見えず、ぎらぎらと光っている。
「ほんとにわかんない?」
「わからない。僕は君ではないから」
「そうだね。わたしはあなたじゃない」
真正面にいる彼女はじっと僕を見ている。負けじと僕も見つめ返す。それが何秒ほど続いただろうか。
彼女はくるりとその白い背を向け、そして僕にもたれかかるように座り直した。地肌と地肌が触れ合う。それに合わせて、お湯が揺れるように動く。
僕は彼女の腹に手を回した。細い腹だ。何を食べて生きているんだろうか。そもそも内臓が入っているのかすら怪しい。彼女は人間だから入っていないわけがないが、それでもついそう思ってしまう。
「いいこと教えてあげる」
「何だ」
「救世主様だけに特別」
「だから早く言え」
「わたしって実は死体なんだよ」
呼吸が一瞬だけ止まる。どういうことだ、と僕が考える前に、彼女はさらに言葉を続けていた。
「生まれた瞬間から不完全な死体で、やがて完全なる死体になるんだよ」
「……………………君は、死ぬのか」
「……バレた?」
「しかも自殺だろう」
「流石天才」
「それは関係あるのか」
「あるよ。一郎くんはいつだってわたしに関する天才だった」
そうだ。僕は彼女については何でも知っている。癖も好きなことも嫌いなことも信じていることも考えていることも感じていることも、昔からずっと手に取るようにわかった。彼女のことに関して、訳のわからないことなんて一つもない。
先程の「訳がわからない」「ほんとに?」という問答だって、一種のコミュニケーションだ。そこに大きな意味も意図もない。
「じゃあそこまでわかってるなら、次に一郎くんがやることってなに?」
「クソ親父に報告。君には……、そうだな、猿轡と手錠、あとは首輪を嵌めて、リードは常に僕が持っておけば完璧だろう」
「特殊プレイって思われるよ」
「君が死なないのならば、それくらいどうでもいい」
「それはわたしが、妹だから?」
思わず、彼女の首に顔を埋めた。そして、白いその肌を噛む。何故そんなことをしたのか、僕でもわからなかった。「いたい」と彼女が喘ぐように呟いた。
「お兄ちゃん」
「……その呼び方はやめてくれ」
「じゃあ、お兄様?それとも、お兄?はたまた、兄さん?それなら、兄貴?何なら、兄上?」
「わかって言っているんだろう」
「わかってて言っていますね。少なくとも、そう呼ばなきゃいけない場面は、多々あると思うよ」
「……確かに、クソ親父にバレたら僕が殴られる」
「案外わたしじゃない?多分パパはお兄ちゃんのことの方が──」
「だから呼び方」
僕がもう一度そう言うと、彼女は見上げるような形で僕の顔を見た。その顔は珍しく、真顔だった。どこかの感情が抜けたような真顔で、僕を見上げていた。
「一郎くん、好き好き大好き愛してる」
「……君のそれは羽のように軽いな」
「ほんとのことなのに」
「でもそれは、僕じゃなくてもよかっただろう」
僕は彼女の髪に触れた。僕とは全く違う色の長い髪。伸ばすのには根気がいりそうだ。
「たまたま君の兄が僕だっただけだろう」
「でもそれを、時に人は運命と呼ぶよ」
そうだ。彼女は僕が運命だと信じている。それだけが確かだと頑なに信じ続けている。昔からずっとそうであることを、僕だけが知っている。

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