いちごパフェの夢を見て
「太宰くんとファミレスって、あまりにもミスマッチな組み合わせだね」
「殴るよ」
「やめなよ、警察呼ばれるよ」
女のことを、太宰はそれなりに気に入っていると同時に殺してやるとも常に思っていた。
いつもヘラヘラ笑っているからとか空気の読めないことをすぐに言うからとか人を誑かすことが誰よりも上手だからとか服のセンスとか声質とか、その他諸々の全てが、彼女の魅力であると同時に人をイラつかせるためのスパイスでもあった。
女は、ポートマフィアの一員だ。ゴスロリ服を見に纏い、華麗に人をぶっ殺す。人前ではいつもあはあはと笑っていて、ポートマフィア内の揉め事の八割は真ん中に彼女がいる。躁鬱の差が激しくて、首領から幾つかの精神薬を保証されている。人格破綻者で、精神異常者。そんな人間だ。太宰はそんな女の上司で、そんな女は太宰の部下だった。
女と太宰は現在、とあるファミリーレストランのボックス席にいた。向かい合うような形で、お互いにメニューを眺めている。二人はとある任務の帰りで、先程まで涼しい顔で何人もの人を殺してきたばかりだった。
そもそも太宰には、ファミレスに行きたいという願望はなかった。元から太宰には欲求らしい欲求があまりなく、それは食欲も同じだった。生活とは生きるための活動であり、そこに付属しているのが食欲や睡眠欲だったりするが、生きることに対してはそこまで前向きではない太宰にはそれらしい欲求がない。だから別に、ファミレスに行ったところで、自分には食べたいものもなければ、やりたいこともなかった。
けれど、女は違った。女は、数週間前から始まった期間限定のいちごのパフェが食べたかった。それは何度かファミレスの目の前を通る時に目に入るのぼり旗を見るたびに考えていたことだった。今年の春は絶対にいちごパフェを食べると、女は一人決意をしていた。
任務帰り、女は上司である太宰に遠慮することなく、「太宰くん。いちごパフェ食べたいから、ファミレスに寄ってほしいの」と言い放った。太宰は素で「は?」と言っていた。
大抵の場合、ポートマフィアの任務の送迎は車で行われている。今回、女は太宰にその車の手配を止めるように言った。「ねえお願い太宰くんわたしの口もういちごパフェの口なのいちごパフェを食べないと気が済まないのいちごパフェが止まらないのバニラといちごのハグを待ってるの純白レースのホイップを堪能したいのコンフレークをザクザク食べたいのねえねえねえねえお願い」と矢継ぎ早に耳元で言葉を紡がれて、太宰は折れた。基本的に人を翻弄する側である太宰が、簡単に折れた。送迎役である人間に連絡をして、彼らは一番近くのファミレスまで足を運ぶことになった。
そして、現在に至る。
「太宰くんには、ドリンクバーをおすすめするよ。カルピスとメロンソーダを混ぜると普通に美味しいし、烏龍茶とメロンソーダを混ぜると本当に不味くなるよ」
部下の分際で、上司である太宰を「太宰くん」と呼ぶのはこの女だけだ。太々しいその態度は、嫌いではないがイライラもする。矛盾している気もするが、事実なのだから仕方がない。「じゃあ、それで」と太宰は苛立ちを隠すことをせずに女にそう告げる。
ポーン、と軽い電子音が響く。女が店員を呼び出すためのボタンを押したようだった。一分もしないうちに店員が「お決まりでしょうか?」とテンプレートをつぶやいて、やってくる。
「期間限定のいちごパフェと、ドリンクバーをひとつずつ」
女が言う。太宰は、席に着いた時に置かれたお冷を飲んだ。店員が、「期間限定あまおういちごと生クリームのパフェおひとつ、ドリンクバーおひとつですね」と女の言葉を繰り返す。「はい」と女が言うと、店員は「かしこまりました」と言って、去っていく。
「ほら太宰くん。ドリンクバーとっておいでよ」
「……君は?」
「わたしはパフェだけしか頼んでないから」
いってらっしゃい、とでも言わんばかりに手をひらひらと振る女を一瞥してから太宰は立ち上がり、ドリンクバーへと足を運んだ。
ドリンクバーというものを太宰は初めて使ったが、雑多としている、というのが太宰の感想だった。オレンジジュースや野菜ジュース、抹茶オレにココア、コーンスープに味噌汁、紅茶とコーヒー、それから炭酸と水と氷、そんな具合で雑多に様々な飲み物がある。
気持ち悪いような、けれど全てが上手く調和しているようにも感じる。不思議な場所だ、と太宰は思い、「カルピス」と書かれているボタンを押した。透明のガラスのコップに白い液体が溜まっていくのには、一分もかからなかった。



「ドリンクバー初体験、おめでとう。感想は?」
「全体的に雑多としているね」
「ファミレスって、そういうものだよ」
太宰が戻ると、女の前には大きなパフェが置いてあった。アイスクリームやコーンフレーク、生クリームやいちご、チョコレートソースが、一つのグラスに合わさって乗っかっている。やはりこれも雑多だと太宰は思う。
「ファミレスの存在意義は雑多なところにあるんだよ。何を食べても、何を頼んでも、許される」
「誰に?」
「……誰だろう。世間?」
「僕らの存在自体が、世間的には許されてないよ」
「あはは、じゃあ、ファミレスの雑多性の方が、ずっとただしいね」
桃色のアイスクリームをひとくち、女は掬って食べる。「おいしい」と呟き笑う女を、太宰はぼんやり見ながらカルピスを飲み込む。おいしい、とは特別思わなかったけれど、特段まずいわけでもない。カルピスだなぁ、と太宰は思うだけだった。
「カルピスって、飲むたびに『カルピスだなあ』って思うよね」
女はそんなことを言い、いちごパフェを口に含む。女は笑顔で(といってもいつものことではあるが)目の前にいる。それだけを切り取ると、マフィア所属の少女には全く見えない。
パフェにはしゃぐ年頃の女の子にしか見えなかった。
「……………………まあ、君が楽しいなら、来た甲斐があったよ」
太宰のそんな一言に、女は顔を上げた。ずっとパフェを見ていた顔を上げて、太宰を見た。その瞳に、太宰を映した。
「うん、楽しい。たとえ他の何が違っていたとしても、それだけは確か」
「……他って例えば」
あ、しまった、と太宰が思う前に、女は太宰を見て、言葉を続けていた。
「……そうだね、たとえば、わたしは、今日の任務が太宰くんと一緒じゃなくて、中也くんと一緒でも同じ選択をしていたよ。いちごパフェが絶対に食べたいって言い張って、ファミレスに寄って、ドリンクバーをおすすめして、いちごパフェを食べていたと思う。そして楽しいって思っていただろうね」
太宰は小さく舌打ちをした。彼女はそれに気がついていないのか、それとも気がついていないフリをしているのか、黙々とパフェをつついていた。
この女は、こういう女だった、と太宰は改めて思う。そこが好ましく、そこが苛つく。ずっと、わかりきっていることだった。わかりきっていることなのに、何故自分はあんなことを言ったのだろうか。
ファミレスという場所は、五月蝿い。人が多くいる場合がほとんどで、料理の種類も統一性がない。ごちゃごちゃとしていて、雑多で、統一性がない。まるで今の自分の頭の中のようだと、太宰は自虐的に思う。
太宰は「……君のそういう所が、美点なのか欠点なのか、判断がつかない時があるよ」とひとりごとのように呟き、ストローを噛みながらグラス内のジュースを飲んだ。

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