君と貴方に花束を
「全部めちゃくちゃにしちゃえばいいんだよ」
甘いはちみつのようなその声がストロファイアの耳へと入る。
ストロファイアは反射的に横にいる彼女の顔を見た。瞳を細め、口角を上げ、ストロファイアの手を握っているその少女は、「ストち」とストロファイアを呼んだ。彼女だけが自分のことをそう呼ぶ。彼女だけにそう呼ぶことを許している。ストロファイアにとって、彼女はそういう存在だった。ずっと隣に、それこそアエシュマと出会う前からそばにいた。友人とも家族とも恋人とも、言えるような言えないようなそういう関係が、彼女とストロファイアの間では築かれている。
「ストちとストちのたいせつなもの以外全部、ストちが壊しちゃえばいいんだよ」
きっかけは、なんだっただろうか。そうだ、アエシュマのことを彼女に相談したんだ、とストロファイアは数分前の自分の言葉を思い出す。
アエシュマと離れ離れになった時のことから、現在人間の世界で生活をしているアエシュマについて、その全部をぶつけるように彼女に話した。うん、うん、そっか、うん、とちょうどいいくらいのテンポ感で相槌を打つ彼女に、どうすればいいかな、とひとりごとをぶつけるように問うた。そうしたら彼女は、秘密を囁くようにストロファイアに上記のような助言をしたのだった。
「めちゃくちゃって?」
「めちゃくちゃはめちゃくちゃだよ。全部壊して、なおせないくらい壊して、ストちがストちのためだけの箱庭をつくるの」
「箱庭」
「うん。ストちのためだけの楽園を、ストちがつくっちゃえばいいんじゃない?」
ふふふ、と笑う彼女は、ストロファイアの手を優しく撫でて、握っている。きっと彼女はどこまでいっても自分の味方でいてくれるのだろう、とストロファイアは根拠もなくそう思った。
「ありがとう、××。僕、頑張ってみようかな」
「うん、がんばってね」
彼女はそう言うとストロファイアに笑いかけた。だからストロファイアは彼女のことが好きなのだと、彼女の肩に頭を預けるようにしてもたれかかった。





「────ストち、なにしてるの」
「なに、って」
めちゃくちゃにしてるんだよ、とその言葉はストロファイアの口から出てこなかった。
無にも近い表情でストロファイアを見下ろしている彼女が、ストロファイアにはどうしてもいつも自分に笑いかけてくれている彼女には思えなかった。
結界の張られた見えない学校に、何事もなかったかのように彼女は入ってきた。そして他の何にも目をやることなく、ストロファイアのところへまっすぐと向かってきた。
彼女は依然として、ストロファイアを見下ろしている。その瞳はストロファイアを映していた。ストロファイアだけを、見つめている。
なのに、どうして自分は、こんなにも不安に思っているのだろうか。
「だって、君が!……君が、僕のたいせつ以外全部壊しちゃえばいいって、」
「うん。言ったね」
「だからッ……!」
「…………ストちのたいせつなものって、なに?」
「……え?」
興奮して少しずつ激しく大きくなるストロファイアの声とは対称的に、彼女の声は凪のように落ち着いていた。静かに、ただ淡々といつも通りだった。
「なにって……。僕と、アエシュマと、」
「……あとは?」
「あとは……」
当たり前のようにゆっくりと、ストロファイアは人差し指を彼女に向けた。
「……………………わたし?」
「そう、君」
今更彼女がなぜそんなにも訳のわからないみたいな顔をするのか、ストロファイアにはわからなかった。だって君は、彼女は、××は、ずっと前からストロファイアの隣にいた女の子だ。ストロファイアの大好きで、アエシュマと一緒に箱庭に入れておきたい子。
だから、ストロファイアは信じ込んでいた。自分にとって彼女がそうであるように、彼女にとってもまた自分もそうであると思っていた。
「────────────そう」
それが思い違いだったなんて、ストロファイアは今まで全く気が付かなかった。その証拠に、今の彼女が浮かべている諦念の表情を彼は初めて見た。ストロファイアに対してだけじゃない、全てに対する諦めだけが、そこにはあった。
え、と声にならない声がストロファイアの口から小さく出た。それに気がついているのかいないのか、彼女はストロファイアを無視して喋り出した。
「わたし、ストちなら全部めちゃくちゃにしてくれるって信じてた。世界も、わたしも、全部巻き込んで壊してくれるって、ずっと願ってた。でもそうじゃなかったんだね。ストち、わたしのことが好きなんだ」
自分だけで完結するように話す彼女を、ストロファイアは呆然としながら見上げている。それでも彼女はストロファイアに笑みを向けることはしなかった。
「うん、そっか。わかった」
「ちがう……、わかってない。わかってないよ、××は……っ!」
「じゃあ、縁切りだね」
そこでようやく、今日初めて、彼女はストロファイアに笑みを向けた。そして端的に一言だけをストロファイアに浴びせた。
「さよなら、ストち」
そうして彼女はストロファイアに背を向けて去っていった。ストロファイアが彼女のために伸ばした手も、声にした名前も、届くことなく、消えていった。














──それからのことを、ストロファイアはぼんやりと思い返した。
結局あの後、ストロファイアの計画はうまく行かなかった。アエシュマは、永遠に自分と一緒にいてくれなかった。きっと復活するまでに長い時間がかかるだろう。次にアエシュマと出会えるのは、一体いつになるのだろうか。それはストロファイアにもわからなかった。
そして彼女も、××ももうストロファイアの前には現れなくなった。今どこで何をしているのかもわからない。知る術だってない。
「…………××」
小さな声で彼女を呼ぶ。「なあに?」、ととろけるような甘い声で自分の隣にいてくれる彼女は、もういない。
アエシュマは人間界で暮らし、彼女はいなくなった。変わらないのは、ストロファイアだけだった。

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