それはまるで夢みたいな
アーサー・カークランドの家には、一つの小さな国、もといひとりの小さな少女がいる。かつてのこの家には、アーサーと少女以外の住人もいたのだが、一人は喧嘩別れのように家を出ていき、もう一人も比較的平穏な形ではあったが結果的に出て行った。そしてその事実たちはずっとアーサーの心の中で癒えない傷のように残っていた。
だから、いまのアーサーにとっては、妹とも娘とも言えないひとりの少女だけが、彼の救いだった。
今日も彼はふらふらとした足取りで、少女のいる部屋に訪れた。ゆっくりと扉を開けると、少女はベッドの上で本を開いていた。まだ寝ていないことに安堵し、アーサーは少女の名前を呼ぶ。それに反応して、彼女はアーサーの顔を見た。
「イギリス、お仕事、終わったの?」
「…………ちがう、今は、名前で呼んでくれ」
「うん、ごめんね、アーサー」
少女はアーサーの名前を呼ぶ。それを聞いたアーサーは彼女に近づいて、縋り付くように抱きついた。少女は何も言わずに、彼を受け入れている。
「アーサー、おつかれさま」
「…………ああ」
優しくて暖かい声は、いつもアーサーを癒やしてくれている。アーサーは年甲斐もなく泣きそうになるのを堪えるように、「なあ」と小さな声を出した。
「お前は…………、おまえは、俺のことを……」
アーサーの口からそこからの言葉は出てこなかった。今更なんて言えばいいのか。彼女を侵して、冒して、犯して、それで自分は、彼女に何か言えると言うのか。
彼は、何も言えずに彼女の服の裾を掴んでいた。そして、そんなアーサーの心情を察したかのように、少女は言葉を発した。
「アーサー、わたしはね」
それはまるで福音のようだと、アーサーは毎度思う。
毎度、彼女は自分の心情を察して、一番ほしい言葉をくれる。
「アーサーがわたしのことを嫌っても犯しても食べても恨んでも見捨てても拒んでも殺しても忘れても、わたしはアーサーのことを嫌いにならないよ」
その言葉を聞くだけで、アーサーの心は凪のように安らいでいく。彼女は俺を拒まない。彼女は俺を恨まない。彼女は俺を嫌わない。それが何より、嬉しい。
アーサーは優しい声で、彼女に、そして自分に言い聞かせるように呟いた。
「俺も、お前だけを愛してる」
アーサーは少女の白い頬に口付けた。彼女はそれに対してやさしく微笑んだ。それにアーサーは安心する。今日も彼女に拒絶されなかったことが、何よりも彼を救っている。
それからアーサーはふらふらと彼女の太腿に頭を乗せた。「寝るの?」と少女が小さな声で問う。「ああ」とアーサーはひとこと言って、それから声を発さなかった。その後すぐにスースーと静かな寝息が聞こえてくるのみだ。それを見て少女は笑っていた。ただ笑って、アーサーの頭に手を乗せた。
「アーサー。わたしはね、アーサーがわたしになにをしてきても嫌わないよ」
彼女は、アーサーの髪を撫でている。燻んだ金色の髪の毛を、やさしく撫でている。まるで母親のように慈しみを持った手で、彼女は撫で続けている。
「だからアーサーも、それ以上のことをわたしに望まないでね」
少女はいつまでも、天使のように微笑んでいる。彼女が吐いた言葉を聴いていた者は、誰もいない。

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