空でも海でも
キリンの骨格標本を見てわたしがまず思ったことは、「背が高い」ってことだった。次に「胃が大きい」で、その次が「わたしが丸まれば入りそう」だった。
東京駅の近くにある無料の博物館で見た骨たちは、動物園で見たことあるはずの生き物だって違ったふうに見える。キリンの首が長いのは当たり前のことだけど、俯瞰からキリンの骨を見つめるとその高さが実感できた。
わたしがそんなふうに思ったことを全て口にすると、千空くんは馬鹿にすることなく「お前らしい意見だな」と笑った。
「動物って、大きいね」
「小さいのもいるだろ」
「うん、間違えた。小さいのもいるね。ほら剥製。……あ、このアザラシ怖い」
「おー、確かに。目が怖いな」
ガラスケースに入った血走った目のアザラシの剥製は、写真やらで見るかわいい今までわたしの中にあったアザラシ像とはかけ離れていて、正直どうなんだ?と思った。この剥製作った人、下手すぎるでしょ。
ご自由に撮影していただいて大丈夫です、と入り口にいた係員のお姉さんは言っていた。せっかくなので、キリンの骨格標本を、アザラシの剥製を、あとはタイプライターや時計、石やキノコ、遠い砂漠の砂なんかも写真に収める。面白いな、強烈だな、印象的だな、とわたしが思ったものをスマホで撮った。SNSのアイコンとかにしたくなるけど、著作権的には大丈夫なのだろうか。
「植物のスケッチとか、緻密だよね。こういう人が描いてる漫画ってどうなるんだろうとは思う」
「いや、フィクションだと分かった上で幻想を描いてる漫画家先生と、観察した上で本物よりも緻密に描いてる研究者とじゃ、描きたいもんも描けるもんも違うだろ」
千空くんの話は面白い。砕けた感じで雑学にも近いような知識を、根っこから文系のわたしにもわかりやすく教えてくれる。理科って面白いなー、と中学の時点で既に理科嫌いになっていたわたしがそう思えるようになったのは、間違いなく彼のおかげだ。
「キリンの骨、欲しいなあ」
「家に置けないだろ」
「せめてお腹の骨だけ。あそこで丸まって寝たい」
今日の博物館で、一番わたしが心惹かれたのは、背の高いキリンの骨格標本だ。キリンのお腹の大きさは、わたしが丸まるのにちょうどいい。嫌なことがあった時は、あんなふうにあんな場所で眠りたい。わたしの人生には嫌なことがありすぎるから、余計そう思ったのかもしれない。
千空くんは「じゃあせめて、クジラにしとけ」と言った。茶化す風でもなく、極めて真剣に。クジラ?とわたしは彼を見る。クジラの方が大きいから、家に置けないんじゃない?とわたしが脳内で考えたことを、彼は理解したのだろう。言葉はまだ続く。
「それなら、二人で眠れるだろ」
千空くんは少し照れたようにそう言った。彼の言葉を咀嚼して、わたしは夢想をした。サバンナの大地をすました顔で歩き回るキリンのお腹で、丸まるように眠るわたしを。海の奥底で優雅に泳ぐ大きなクジラのお腹で、手を取り合って眠るわたしと千空くんを。
その両方を夢想して、わたしは現実へと戻ってきた。それは、どっちも捨て難いかもしれない。
「じゃあ今度は、クジラの骨を見に行こうね」
「次か。どこがいい?」
「名古屋港水族館とか。あそこクジラの骨たくさんあるよ」
「あー、確かにあそこはクジラの研究してるからな」
わたしが「でも次は、かはくに行きたいな」と笑って手を握るとと、千空くんは「あそこは広いから、全部見るには数日かかるぞ」と笑って握り返してくれた。

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