スポットライトの下で出会えなくても
ななちゃんは、学年で一番背が高い女の子で、わたしは学年で一番背が低い女子だった。だから、と表現するのが正しいのかわからないけれど、ななちゃんとわたしはツーマンセルみたいな扱いを受けることが多かった。同級生からの「親子」と比喩表現に、何度曖昧な笑みを浮かべて誤魔化したか思い出せない。
背筋を凛と伸ばし、誰にでも優しく、笑顔が可愛らしかったななちゃんの隣にいることが、コミュニケーションが苦手で、人と目を合わせられず、いつも背中を丸めていたわたしにとって苦痛だったことを、クラスメイトたちは勿論、ななちゃん本人も知らなかっただろう。
でもそれがななちゃん本人を嫌いになる理由にはならず、わたしは少しの痛みと苦味を感じながらもななちゃんと友達でい続けていた。



演劇部のななちゃんが舞台に立っているところを、わたしは見たことがない。うちの学校の演劇部は部員がななちゃんしかおらず、劇を出来ないらしい。仲良くなってすぐに、台本を捲りながら、ななちゃんが教えてくれた。
わたしは、ななちゃんのその寂しそうな顔をずっと覚えていたから、「いつか、舞台に立っているななちゃんが見れたらいいな」って、無責任にも、そう言うしかなかった。わたしはきっと、ななちゃんと同じ舞台に立てないだろうとわかっていたから、祈りのようにそう言うしかなかった。
そして、今日が卒業式の日で、ななちゃんが聖翔音楽学園に行くことが決まっていたからこそ、わたしは、この言葉を吐けた。
ななちゃんはふんわり笑って、「ありがとう。もし私が舞台に立てたら、観にきてね」とわたしに言った。
桜が風に揺られ、散り落ちた三月のことだった。



第100回目の聖翔祭のポスターが入った手紙がななちゃんから送られてきたのは、高校二年生になってからだった。
第99回目の聖翔祭には昨年訪れたが、本当に素敵だった。戯曲「スタァライト」のことを、わたしはもともとあまり知らなかった(二人の少女と星が出てくる話だっけ?、程度の知識)けれど、そんな人間でも凄かったと素直に思える、そんな舞台だった。
けれどあの日、わたしはななちゃんに話しかけることができなかった。卒業してからななちゃんとのやりとりは基本的にメールばかりで、直接会ったのは久しぶりだった。だからわたしは、ななちゃんに「舞台に立っている姿が見れてよかった」とか「眩しくて綺麗で、最高だったよ」とか、伝えたかった。
でも、舞台から降りたななちゃんが同じ舞台に立っていた子たちと談笑している姿を見て、咄嗟に「できない」と思ってしまった。
わたしは、ななちゃんと同じ舞台に立っていない。舞台に立ちたいとすら、思っていない。そんな人間が、舞台に立つ人間に何か言うことは、とても不誠実に思えた。
だからあの日、わたしはななちゃんの立った舞台を見て、ななちゃんには会わずに帰ってきた。
その日の夜、ななちゃんからメールが来た。

『今日は見に来てくれてありがとう。お話ししたかったけど、見つけられなくてごめんね。』

わたしはそれに、なんて送るべきか迷った結果、『こちらこそ、ごめんね。舞台、すごくよかったです。』とありきたりなことしか書けなかった。
そこからななちゃんと疎遠になったり険悪になったりなることはなかったけれど、わたしはどうしても、ななちゃんに後ろめたさを感じずにはいられなかった。
だから、これはひとつのチャンスかもしれない。だって、かつてのななちゃんを知っているわたしは、いまのななちゃんになにを言うべきか、ずっと昔から気づいている。それを、今度こそ口にするべきなのだ。



舞台は、最高だった。去年と少しだけ内容は違う戯曲「スタァライト」は、それでも素敵だった。
幕が降りたあと、わたしは昂った感情のままななちゃんの元へ向かいたかった。舞台の上で、心底嬉しそうに笑っていたななちゃんに、言いたいことがたくさんある。
ぼろぼろと溢れる涙を拭いて、ななちゃんを探しに行こうと席から立とうとしたら、「××ちゃん」と、舞台衣装のままのななちゃんが、わたしの横へやってきていた。
わたしがびっくりして何も言えずに、ななちゃんをただ見つめていると、
「××ちゃんが会いに来てくれたから、今度はわたしから来たよ」
と笑った。それは中学校の頃、わたしがよく見ていたななちゃんの笑顔のままで、わたしは、泣きそうになりながら、言いたいことを全部言うために口を開いた。
「ななちゃん」
「なぁに、××ちゃん」
「舞台、すごくよかったよ」
「ありがとう。すごく嬉しい」
「舞台の上のななちゃん、まぶしかった。すごく、素敵だった」
「うん、ありがとう」
「……わたしを、」
「うん」
「…………わたしを、」
「……うん」
「誘ってくれてありがとう」
「…………うん」
「わたしはきっとななちゃんと同じ舞台には立てないけど、ななちゃんの舞台が見れて、よかったよ」
「……ううん、私の方こそ、ありがとう。私の舞台を見に来てくれて、ありがとう。××ちゃんが見に来てくれて、すごく、嬉しかったよ」
わたしたちはお互いに少しずつ泣いて、そして笑った。
わたしが舞台に立つことはなく、ななちゃんが舞台から降りることはない。けれど、それでも、わたしは観客席で、ななちゃんの眩しさを見つめながら、彼女に拍手を送ることだろう。
「来年も、見に来てね」
「絶対、絶対に行くよ」
そして、貴女のためだけに、言葉を投げるよ。
目の前にいるななちゃんの笑顔は、本当に綺麗で、眩しくて、わたしの大好きなそれだった。

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