夢から醒めないふたり
記憶の中の姿と全く差異がないからこそ、俺は彼女を気にしているのだろう、と自己分析をしてみる。煌めく金髪も、ペリドットの瞳も、誰かからの寵愛が透けて見える服装も、全てが、あの頃と何ら変わりない。それが、どうしようもなく恐ろしいことに俺は思えて仕方がない。
「……久しぶり、なんだぞ」
「……あ、アメリカだ。久しぶり。大きくなったね」
彼女は俺を見た。俺の身長の半分くらいの少女は、俺よりも成熟しているような顔で笑った。
「君、まだイギリスの家にいるのかい?」
「うん」
今日は世界会議だった。
彼女は自身の席につき、自分以外の国の間を行き交う会話をにこにこしながら聞いているだけだったことを、俺は記憶している。
要するに、彼女は意見を言わない。賛成も反対も不満も感想も何もかも、彼女は言わない。
それがイギリスのせいだということも、俺はよく知っている。
「……俺だって、もう子供じゃないんだ。君が望むなら、独立の手助けだってできるさ」
「うーん、別にいいかなあ」
そう言うだろう、と予想はついていた。彼女はイギリスから離れない。離れられないわけではないらしい。離れたくない、ということになるのだろうか。イギリスのことが、そんなにも大切で大事で好きなのだろうか。
「そんなに、イギリスのことが好きなのかい?」
イギリスは、彼女のことを心底愛している。それは俺がカナダと一緒にイギリスの家で暮らしていた頃から変わらないことだった。イギリスは彼女のことが好きで大好きで愛していて、だから、傍に置いておきたいのだろうし支配しておきたいのだろう。
彼女はうーん、と少しだけ困ったような顔をした後、「アルフレッド」と俺の“名前”を呼んだ。
「アルフレッド、わたしはね、アーサーのことが嫌いじゃないよ」
彼女はたまに、俺の名を呼ぶ。「アメリカ」ではない俺の個の名前を呼ぶ。それはまるで啓示のようでもあった。彼女に名を呼ばれるたびに、俺は俺の輪郭がはっきりしていく感覚に陥る。
その感覚は、イギリスも、そしてアーサーも知っていることなのだろう。だからこそ、彼女と彼は同じ場所で同じ呼吸をしている。
「アーサーが淹れる紅茶が、アーサーがくれたテディベアが、アーサーの育てているバラが、アーサーの燻んだ金髪が、アーサーのエメラルドの瞳が、アーサーの優しい声が、全部ぜんぶ、嫌いじゃないんだよ」
────ならば、彼女は。
なぜ、イギリスと共にいるのだろうか。
「……でもさ、それだけなんだよ」
ペリドットのような瞳が、言葉と共に一瞬揺れたのを、俺は見逃さなかった。
「嫌いじゃないってことは、好きでもないってことだし、嫌いじゃないってことは、愛してるってことじゃない。嫌いじゃないから、恨んでも呪ってもいないし、殺したいわけでもない。わたしは、アーサーに対して、嫌いじゃないだけなんだよ」
俺はそれが彼女の本心で本音で本質だということがわかり、けれど、だからといって何か言えるわけでもなく、彼女が次の言葉を紡ぐのを待った。
「アーサーは、そのことに気がついてないけど、言わないであげてね。悲しがるから」
「……言うわけ、ないだろう」
言えるわけが、ない。
「よかった」
そう言うと、彼女は天使のように笑った。それが俺には、この世界で何よりも可哀想な子供のものに見えて仕方がなかった。

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