水底の夜光虫 | ナノ

▽ 掛け違いのボタンの着用者


メルツとの睨み合いが続く。
あいつ自身に腕力や握力、それに秀でた能力があるわけじゃないのを知っているから仕留めることは簡単な話だ。
それこそ猫が虫やトカゲといった生き物を遊びながら捕らえるのと同じなぐらい。
だけどもそれをしないのは本来ならあいつが私の目の前に現れることができないはずなのにそれができてしまっているから。

自動防御が軋んで骨を伝い、悲鳴のような音となって私に『何か』を伝えてくる。


必死に、

必死に。

「自動防御の呪いを掛けた本人は酷くご立腹のようだ」
「僕がハジの姿をしているから?」

メルツの足元から伸びた水晶の蔦と私が振るった煙草の火種から伸びた炎の蔦が互いを律し合う。
死者の都が壊れないように手加減しているとはいえ、それは対等であるようにしか見えない。

「ハジ?」
「私の旦那だったやつのことだよエルちゃん」
「あ?ダルマリーで寡婦の説明した時は旦那の名前はメルツだったじゃねぇかよ♪」
「ちょっと待って……ハジってまさか…【はじまり】のハジ!?」
「知ってるの兄さん?」

プツンと炎を火種から切り離して自立させ、普通の短い煙草に戻ったそれをコイントスの要領で宙に放ればそれは先程の本となって私の手元に戻ってくる。
知ってるもなにも……と躊躇うような口調のエルの兄ちゃんらしい少年から視線を感じたからどうぞ好き勝手に話しやがれと手動作付きで促したところで接近戦に切り替えたらしいメルツが私の射程圏内に入り込んできたから本から取り出したハリセンで張り倒しておく。
いや便利。1から作り出すわけじゃなくて出来上がってる物が記録されてるから取り出すだけでいいってマジで便利。

「僕達が生きてるこの世界ができる以前、世界は1つしかなかった。その1つ目を創りだしたのが【はじまり】のハジ。彼は物語を本にするように設定を創り上げて世界を増やし、同時に平行世界をも作った謂わば原点の御方だよ。それで…その……その御方の奥方様であり対の存在であるのがエレインがクロノスやクレイオスって呼んでる……」
「【おわり】のツイ。私ってワケだ。まぁ、ハジやらツイやらは私らの名前を知らなかったヤツらが呼んでるだけの仮名みたいなものだけど」

で、なんでそんな旦那であるはずのメルツを一方的にフルボッコにしているのかと言いますと……なんて言いながらメルツがハリセンの一撃で吹っ飛んで行った方向にホーミング機能のあるRPGをぶっ放しておいて野次馬共の方を振り向く。
エルの兄ちゃんとエリーは背筋を伸ばして緊張した面持ちで私を見ていて、ディーはキラキラした目で私を見ている。
普通なのはメリーとバンとエルだけ。
ホークは【おわり】の意味がわかっているらしくガクブルしている。

「じゃ、じゃあさ!団長と僕が結婚してる世界もあるの?!」
「あったりするかもねぇ」
「えええ!羨ましい!そっちに行きたいよ!!」
「それが問題なんだよディーちゃん」
「へ?」

あれ、平行世界から来ちゃったメルツだったりして。つまりは?私が今まで進んできたルートでは選択肢を間違えてメルツが死んだけどあいつが進んできたルートでは私が死んだんだろうね。聞いてた性格とは全く逆な気がするんだが……平行世界を越えると負荷の所為で100%の確率で狂うんだよね、普通に全くの別世界の行き来は平気なのに。正気に戻す方法はないのですか?!は?何で私が旦那じゃないメルツを救わなきゃならんの?

えええ!!?と皆から驚きの声があがった。
自動防御からも聞こえた気がした。




簡単に言うと自分でストーリーを作る図書館の館長と本の廃棄係り



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