【近所の美容師さん:01】


美容室は日本に溢れている。そこで働く美容師の数は、それ以上だ。

「あなた、”あれ”得意なの?」

美容師の専門学校がざわついた。私に話しかけてくれていたのは先生ではなく、雑誌にもバンバン紹介されている有名スタイリスト。今日は見学とのことだったのだが、どうして私に。

「えっ、わ、私ですか?」
「そ。先週の実技で好成績だったんだって?」
「先週の……ああ、”あれ”なら」

先週、と言われて、ある授業を思い出す。確かに”あれ”だけは、私がクラスで1番だ。

「……他の技術も問題なさそうね」
「へ?」

パラパラと持っていたバインダーをめくりながら、何かを確認している。何が起こっているのか、全然分からない。

「知り合いが店を閉めるらしくてね、跡地にうちの支店作る予定なの」
「はあ」
「私は表参道の本店のままだけど、支店のスタッフ探していてね」
「そうなんですか」

なぜか始まった世間話に頷いていれば、予想だにしなかった言葉を投げかけられた。

「あなた、そこで働かない?」

何を言われたのか理解できず、固まってしまった。クラスメイトの子たちがキャーキャー言いながら私を揺さぶってくる。その後、彼の勤める本店で下働きをし、無事に卒業した私は、晴れて美容師として働き始めた。




「――っていうのに!」

ブィーンという機械音を響かせながら、私は男子高校生の背後に立っていた。私に話を振った彼も、もう充分という顔をしている。

「あのー……終わりましたか?」
「すみません、綺麗に剃れました」
「おっ流石っすねー!アザッス!」

そういって、彼はさっさと店を去っていく。流石は名門野球部。動きがキビキビしていてよろしい。

そんな彼を見送っていると、隣のカット台で店長に頭をあずけていた少年が私に話しかけてくる。

「バリカン上手いっすね」
「そっちも日本語上手いですね」
「俺ずっと日本だし」

そうなのか、見た目で判断してしまって反省する。

「それはどうも、やってあげようか?」
「俺は坊主にしないんで」
「そっかー……」

そもそも、ペーペーの私がこうしてお客様の髪を切らせてもらえているのが奇跡なんだ。たとえそれが、バリカン担当であろうとも。

「美容師ってバリカン使うんだな」
「ほとんどの人は使う機会ないんですけどね」

ここのオーナーである、かのスタイリストさんの都合でこの店は美容室ということになっているけれど、元々の店舗は床屋で、稲城実業高校のすぐ近く――つまり、野球部御用達の店だったらしい。

土地開発と、野球部も坊主だけじゃなくなったことから、床屋じゃなくて美容師にしようというオーナーの意向でオシャレな店構えとなった。が、やはり坊主の需要は高いらしい。

そこで、目をつけられたのが私だった。

「私、野球少年って自分で剃るのかと思っていました」
「洗面台汚くすると怒られるんスよ」
「なるほど」
「掃除するの面倒ってよく言ってるんで」
「それならワンコインでやってもらった方がいいのかもね」

そう、この店は丸刈り料金500円。そんな書き方している美容院、よっぽどないと思うけど、床屋だった時からのなごりだそうな。その値段だったら毎月通った方が楽なのかもしれない。自分で剃るのも大変らしいし。


「いつか神谷くんのセットできるようになりますね」
「卒業までに頑張ってくれよ」
「が、がんばります」
「ああでも、今日は練習台がくると思うし」
「練習台?」

首を傾げていると、カランと店の入り口からベルが鳴る。


「まだやってるー?」


言うと同時に入ってきたのは、神谷くんと同じ学年の子だった。

「成宮くん!」
「今切ってもらえる?」
「私でいいなら喜んで!」

そういうと、ストンと神谷くんの隣の席へ座る。カット練習になってくれる彼は、私の初めてのお得意様だ。なぜ彼が私を言名してくれるのかというと、答えは単純。

「だって練習台になればタダだもんね〜!」
「まあ、うん、そうね」

そう、まだ一人前と認められていない私は、お金を貰ってハサミを使えない。私がお金をもらってお客様の髪の長さを変えられるのは、バリカンを持つときだけだ。

「今日はどうする?」
「首元かゆいから短くしてほしいな〜」
「はい、かしこまりました」

それでも、こうして指名してもらえるのは嬉しかった。


***

ありがとうございました。







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